B.BRECT 真実を書くさいの五つの困難(1935) 1/5

真実を書く際の五つの困難


    BELTOLT BRECHT



POLITIK, KLASSENKAMPF, KUNST 1925-1938


【出典】五十嵐敏夫訳ベルトルト・ブレヒトの仕事/2 ブレヒトの文学・芸術論』河出書房新社,1972/12/11 p.81-p.99「真実を書くさいの五つの困難」





こんにち, 嘘や無知と戦い, 真実を書こうとするものは少なくとも五つの困難を克服しなければならない. 真実はいたるところで抑圧されているが, その真実を書く勇気を持たねばならず, 真実はいたるところで隠蔽されているが, その真実を認識する賢明さ, 真実を武器として使いこなせる技術, その手に渡れば真実が有効に働く人々を選び出す判断力, そして, そういう人々のあいだに真実を広める策略を持たねばならない


これらの困難は, ファシズムのもとでものを書くものにとっては大きな存在であるが, しかし, 迫害されたり逃亡してきたものたちにとっても存在し, そればかりかブルジョア的自由を持つ諸国家でものを書くものたちにとっても存在するものである


【1】真実を書く勇気

自明のように思えるのだが, ものを書くものが真実を書くさいには, 真実を抑圧したり真実でないものを書いたりしてはいけないという意味で真実を書くべきである. かれは権力者に屈服したり, 弱者をだましてはいけない. もちろん, 権力者に屈服しないことはひじょうにむずかしく, 弱者をだますことは, ひどく得になることではあるのだが. ものを持っている連中にきらわれることは, つまり, 所有をあきらめることであり, やった仕事に対する支払をあきらめることは, ばあいによっては, 仕事そのものをあきらめることになる. そして権力者たちの間で名声をこばむことは一般に名声そのものをこばむことになるばあいが多い. これらのことをするためには勇気が必要である. 極端な抑圧の時代は. たいてい立派で高級なことが大袈裟に問題になる時代である, このような時代に, 犠牲的精神こそ肝心なりなどと大声で叫ばれている最中に, 働くものの食事や住居のような次元の低いくだらないことについて語るには勇気が必要である, 農民たちが浴びるほど敬意をよせられているばあい, その尊敬されているかれらの仕事を軽減するような農機具とか安い飼料について語るには勇気がいる, あらゆる放送局が, 知識を持つよりも知識も教養もない人間のほうがいいと叫びたてているとき, それはだれのためにいいのかとたずねるのは勇気がいる. 完全な種族と不完全な種族が問題になっているとき, 飢えと無知と戦争は不快なかたわものを生み出しはしないかなどとたずねるには勇気がいる.


また, 自分自身, つまり敗者である自分についての真実を語るにも, 勇気が必要だ. 迫害された多くの人々は自分たちの欠点を認識する能力を失っている. かれらには, 迫害が最大の不正に思えるのだ. 迫害者たちは, まさに人を迫害するがゆえに悪者であり, かれら, つまり迫害されたものたちは, その善意のために迫害されるというわけだ. しかし, この善意はうちやぶられ, 征服され, 阻止されたのであり, それゆえ弱い善意, つまり思わしくなく長持ちしない, 信用できない善意であった. それというのも, 雨が降ればぬれるのとおなじく, 善意には弱さがつきものだというのは, 通用しないからである. 善人たちが打ち負かされたのは, 善良だったからではなく, 弱かったからだというためには, 勇気が必要である. もちろんのことだが, 事実は事実でないものとの闘争のなかで, 書かれなければならないし. また, 一般的なもの, 高級なもの, 曖昧なものであってはいけない. この一般的で, 高級で, 曖昧な性質を持っているものこそ, まさに事実でないものなのだ. しかし, ある人について, その人は事実を語ったと言われる場合, それは, それよりさきにまず, 二,三の人々が, あるいは多くの人々が,またはだれかある人々が ,それとはべつなこと つまり嘘とか一般的なことを言ったのにたいして, その人は真実を, つまり実践的なこと, 事実に即したこと, 否定しえぬこと, とりもなおさず重要なことを言った場合をさすのである,世界の悪事や野蛮な行為の勝利について, 一般的に非難したり, そうすることがまだ許されている世界の一部で精神の勝利を持ち出しておどしをかけたりするのは, ほとんど勇気を必要としない. そのばあい多くの連中は, ただオベラグラスが向けられているにすぎないのに, まるで砲口をつきつけられているかのようにふるまう. かれらは無邪気な人間である友人たちの世界にむかって, かれらの一般的な要求を叫びたて, そのために自分たちはいまだかつてなにひとつしたこともないのに, 一般的な正義を要求し長いあいだ配分にあずかってきた獲物の一部を手にいれる一般的な自由を要求する. かれらは耳に快くひびくものだけを真実だと思う. もし真実が, 数量的なもの, 味気ないもの, 事実によるもの, つまり見つけだすのに骨がおれ研究を必要とするものであれば, かれらにとってそれらは事実でないのだ.つまり,それらにはかれらを熱狂させるもがないのである. かれらは, 真実を言う人間の外から見える態度だけをなぞっているにすぎない. かれらがみじめなのは, かれらが真実を知らない点にある


【2】真実を認識する賢明さ

事実がいたるところで抑圧されていて, それを書くことが困難なので, たいていの人には, 真実を書くか書かないかは, その人の信念の問題であるように思われる. かれらは, 真実を書くには勇気がありさえすればよいと思っていて, 真実を見出すという第二の困難を忘れているのだ. 真実を見出すのはたやすい, などというのは論外のことである


まず最初に, 語る価値のある真実はどれかを見出すことからして, たやすいことではない. たとえば, 現在全世界の人たちの眼前で, 偉大な文明国が次々と極端な野蛮のなかに落ち込んで行っている. おまけにだれもが知っているように, きわめておそろしい手段でおこなわれる内戦が, いつの日外国との戦争に変わるかもしれず, それによって, ぼくらの大陸はもしかしたら瓦礫の山と化すかもしれないのである. これは疑いもなく一つの真実である. しかし, もちろんのことであるが, ほかにもたくさん真実は存在する. たとえば, 椅子には座る板があり, 雨は上から下へ降るというのは, 真実でなくはない. 多くの詩人たちは, この種の真実を書くのだ. かれらは沈みつつある船の壁一面に, 静物画を描く画家に似ている. ぼくらのいう最初の困難は, かれらには存在しない. とはいえ, かれらも良心は持っている. 権力者たちに惑わされることがない反面, 抑圧された人たちの声にも惑わされることなく, かれらは自分の絵を塗りたくる. かれらの行動のあり方が示す無意味さは, かれら自身の内部に根深いペシミズムを生み出すが, かれらはそれをいい値段で売りつける. これらの巨匠や巨匠の絵の販売を眼前に見れば, むしろかれら以外の人間が, じっさいペシミズムにおそわれるようになるとしても, もっともなことだろう. このさい, かれらの言う真実とは椅子や雨についてのあの種の真実である, ということを認識することでさえ, かんたんではない, ふつうそれらの真実は. 重要なことについての真実とはまたちがったひびきを持つものである. なぜなら, 芸術的表現の本質は. まさに事柄に重要性を与える点にこそ存在するからである,


くわしく見てはじめて分かることだが, かれらはただ「椅子は椅子である」とか「雨が下へ降ることにはだれも反対できない」ということを言っているにすぎない


この種の連中は, 書く価値のある真実を見出せない. また他方において, じっさいきわめてさしせまった課題に取り組み, 権力者も貧困もおそれないのに, やはり真実を見出せないでいる人びともいる. かれらには知識が欠けているのだ. かれらは古い迷信や, 古い時代にしばしば見事に作られ人びとによく知られている偏見でいっぱいなのである. かれらにとって, 世界はあまりにも複雑であり, かれらは事実を知らず. 事物の諸関係が見えないのだ. 信念のほかに, 習得しうる知識と学習しうる方法が必要である. 混乱と大きな変革のこの時代にあっては, ものを書くすべての人間にとって, 唯物弁証法と経済と歴史の知識が必要だ. その知識は必要なだけの熱意が払われさえすれば, 本からも実践的な指導を通じても習得できる. もっとかんたんな方法でも, 多くの真実が, 真実の部分が, 真実の発見に通ずる事態が発見されることもありうる. それもさがそうとする気さえあれば, また, 方法がよければの話であるが. しかし, とくに方法がなくても, それどころかさがさなくても, 真実を見出せることがある. しかしそんな偶然をあてにする方法では, 人々がその表現をもとにしていかに行動すべきかを知りうるような, 真実の表現には到達しえない. くだらない事実のみを書き記す連中は, この世界の事物を使いこなすことができない. しかし真実はこの目的しか持たず, ほかにいかなる目的をも持たない. このような連中は, 真実を書くようにという要求に, たえられないのである


真実を書こうという覚悟があり, また, 真実を認識する能力があっても, さらに三つの困難がのこっている





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3…真実を武器として使いこなせる技術