真実を書くさいの五つの困難【要約】

[【5】真実を多くの人々のあいだにひろめる策略(続)]



かわりやすさをとくに強調する観察方法は, 抑圧されている人たちを勇気づけるによい方法である. またすべての状態に矛盾があらわれ成長するということも, 勝者に異議を申し立てることになるにちがいない. このような観察方法(弁証法・つまり事物の流動についての学説のような)は, しばらくは支配者たちに気づかれないですむ対象を研究しながら訓練できる. これを生物学や化学に応用することもできよう.


しかし, ある家庭の運命を描くばあいにも, それほど人目をひかずに練習できる. どんな事物も, たえず変化している多くの他の事物に依存していると見るのは, 独裁政治には危険な考えである. そしてこの考えは, 警官にしっぽをつかまれずに, いろんな方法で姿をあらわすことができる. 煙草屋をひらくひとりの男がかかわりを持つことになる, すべてのこまかい事柄や経緯を完全に描写すれば, 独裁政治にたいするしたたかな一撃となりうる. 少しでもものを深く考えるものならだれでも, なぜそうなるかわかるだろう.


人間の集団を悲惨な状態にひきこむ政府は, 政府自身がその悲惨と結びつけて考えられることをどうしても避けようとする. そこで, かれらは運命についてあれこれ語ることになる. 貧困の責任は, 政府ではなくて, 運命にあるのだ. 貧困の原因を探究するものは, 探究の手が政府に行きつく前に逮捕される. しかし, 一般的にみて運命についての無駄話を反駁することは可能である. 人間の運命は人間によって準備されることを示しうるからである


これもまたいろんな方法で行える. たとえばある百姓屋敷, アイスランド辺りの百姓屋敷の話を物語ることもできるのだ. 村中の人の話では, この屋敷には呪いがかけられている. 農婦がひとり井戸に身を投げたことがあり, ひとりの農夫は首を吊った. ある日結婚式があげられ, 農夫の息子が数エーカーの土地を持ってきた娘と結婚する. 呪いはこの屋敷から去る. この幸福な変化をどう判断するかで村民たちの意見は一致しない. 一方の人々は, それを若い農夫の朗らかな性質のせいにし, 他方の人々は, 若い農婦が持参し, この屋敷をやっと生活できるようにしているあの耕地のせいにする. ところで風景を描写する詩においてさえ, かなりのことがなしとげられる. つまりそのばあい, 人間の作ったものを自然のなかに合体させればよいのだ


真実がひろめられるためには策略が必要である


【要約】

ぼくらの時代の偉大な真実(それの認識だけではまだ役にたたないが, それを認識しないで, ほかの重要な真実を見つけだすことは不可能だ)とは, 生産手段にかんする所有関係が暴力でしっかり保たれているため, ぼくらの大陸が野蛮のなかに沈みこみつつあるということだ. こういうばあい,なぜぼくらがこういう状態に陥るのかをはっきりさせずに, ただ勇ましいことを書いて, その結果, ぼくらがそのなかへ沈みこみつつある状態は野蛮なものなのだ(それは事実だ)ということがはっきりしたとしても, それはなんの役にたつのだろうか. ぼくらは, 所有関係をいまのままにしておこうとするから拷問されるのだ, と言わざるをえない. もちろんのことだが, ぼくらがこう言えば, 所有関係は拷問なしでも維持しつづけうる(それは真実ではない)と信じているために, 拷問には反対の立場をとる多くの友人を失うことになるだろう


ぼくらの国の野蛮な状態について, ぼくらが真実を言わなければならないのは, この状態を消滅させうるように, つまりそれによって所有関係が変えられうるようにするためである


ぼくらはさらに所有関係のもとでもっとも苦しんでいて, 所有関係の変革に最大の関心を持っている人たち, つまり労働者たちと, 利潤の分け前にはあずかっているにしてもじっさいには生産手段の所有権を持たないので, ぼくらが労働者に同盟者として紹介できる人たちに真実を話さねばならない


そして五番目にぼくらは策略を用いなければならない


しかもこれら五つの困難のすべてを, ぼくらは同時に解決しなければならない. なぜなら, ぼくらは野蛮な状態のもとで苦しんでいる人たちのことを考えずに, 野蛮な状態についての真実を究明することはできないからだ. そして, おそってくる一つ一つの臆病心をたえず払いのけながら, 知識を利用しようと待ちかまえている人たちのことを考えて, 真実のつながりを求める一方, ぼくらはまたさらに, そういう人たちの手にそれが渡れば武器になるように, 真実を手渡すことを考えねばならない. それと同時に, これを手渡すさい敵に見つかったり妨げられたりしないように策略をめぐらす必要がある


作家は真実を書くべきであると要求されるばあい, これだけのことが要求されているのだ


【1935】




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真実を書くさいの五つの困難【1】【2】