『しんぶん赤旗』No.24034 2017/11/27 9面【学問文化】

ホロコースト否定論との法廷闘争描く『否定と肯定』著者 デボラ・E・リップシュタットさん


(写真 後藤淳撮影)1947年生まれ 米ジョージア州モリー大学教授 ユダヤ学研究所所長 映画『否定と肯定』(ミック・ジャクソン監督)は12月8日から東京TOHOシネマズシャンテほか 全国で公開


ユダヤ人の米大学教授デボラ・E・リップシュタットさんは 2000年 ナチスによるユダヤ人大量虐殺は無かったというホロコースト否定論者と法廷闘争を繰り広げました その記録『否定と肯定』が同名の映画になり 12月8日から公開されます 来日したリップシュタットさんに聞きました(児玉由紀恵)

事実を侵食する うそ
許せなかった

リップシュタットさんは1993年に『ホロコーストの真実 大量虐殺否定者の嘘ともくろみ』(恒友出版)を出します 世界のホロコースト否定の言説を研究したこの本の中で イギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィングについても批判したことから 96年 氏から名誉毀損だと訴えられます イギリスの名誉毀損訴訟では訴えられた側に立証責任があり 訴訟に臨むなら リップシュタットさんは 法廷で自分の主張の正しさを明かにし アーヴィングの否定論を論破しなくてはなりません


「アーヴィングは学術界でしっかりした人だと思われていないし 裁判なんて時間の無駄だ と多くの人に言われました でも私が応じなければアーヴィングの勝利になります あまりに重要な事柄であり 彼に勝利を許すことは出来なかった たたかう以外に選択肢はなかったのです」


入念な調査力
弁護団が発揮

アンソニー・ジュリアスらによる弁護団アウシュビッツ強制収容所の探査はもとより裁判所に要求してアーヴィングの膨大な日記にまで目を通す入念な調査力を発揮「どんな小さな石も残さず剥いで調べ尽くす気概」だったと言います その成果はアーヴィングの述べるホロコーストについてのうそや彼の人間性を白日にさらし 映画の大きな見処ともなっています


弁護団はリップシュタットさんもホロコーストの生存者を証言台に立たせないという戦術を立てます アーヴィングの主張によって生存者たちが愚弄されるのを避けるためでした 自ら言葉を発して法廷で訴えられない口惜しさ 裁判の先行きを案じて眠れない夜を過ごし孤独にさいなまされた時もありました


「でも弁護士を心から信頼していましたからね 勝利への大義の前には自分が証言台に立てないということも受け入れることが出来ました 家族や友人にも恵まれました 裁判は週間かかりましたが その展開を見て当初はたたかわなくていいのではないかと言っていた人たちも応援してくれるようになりました」



Lipstadt/山本さつき訳『否定と肯定』ハーパーコリンズジャパン(ハーパーBooks = 文庫), 2017/11/17


ISBN9784-5965-5075-0
否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い (ハーパーBOOKS)


事実の勝利に
感謝され感動

裁判は2000年4月に判決が下されリップシュタットさんの勝訴が世界に流されました


「事実と事実の勝利でした 事実・意見・うそという三つがあり 相対的な真実というものはありません 地球は平らではない エルビス・プレスリーは死んだ ホロコーストは起きた … これらは事実です ホロコースト否定論者は うそを意見のように見せかけて それが事実に侵食していくようなことをやっています 今の時代 同様なことが起きてとても危険です アメリカでは権力者がうそをついて事実だと言い募る 事実を精査する必要がありますね」


裁判後 収容所からの生還者や肉親から「私たちのために声をあげてくれた」とお礼を言われます


「私は裁判をたたかっただけなのに感謝されるなんてと 謙虚な気持ちにさせられました 一番感動した出来事でした」


ホロコーストの真実』では日本の南京大虐殺否定論などをあげ ホロコースト否定論との類似性を指摘しています


アメリカもいろんな間違いを犯しています でも大事なのは間違いを犯したことを認識することです ドイツも第二次大戦のときの過ちを認めた 国家が過ちを犯したと認識することはむしろその国が称揚されることにつながると思いますね」