1972-01-01から1年間の記事一覧

【3】 おっくうについて

山代巴「わたしの報告」(3/)

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【3】 おっくうについて

【2】 補償要求のあとにつぐもの

「きのこ会」の誕生は,新書『この世界の片隅で』を足台にしている. この足台はどうしてつくられたか,私はいまそのことを思う 『この世界の片隅で』は「広島研究の会」の成果である. 私の「広島研究の会」での役割は,自発的な被爆者の組織を最初につくった,故…

【1】 遠慮あれこれ

同じ事務局報告の中に,次のようなところがある …中泉東大名誉教授が班長になり,小頭症に関するオーソリティーとして有馬東邦大学助教授,その他原医研所長の志水教授,さきの田淵教授などが厚生省の委託をうけ研究調査するというかたちで,ふたたび,三たび調査…

山代巴『山代巴文庫 第II期 第4巻 原爆に生きて』径書房,1991/07/25

わたしの報告 山代巴 会報No.6の事務局報告は, …これからどう「きのこ会」がすすんでいくかは非常にむつかしい問題といえる. 確かな手応えのうえでともかく5年間,まとまって活動してきた「きのこ会」が,理念的な次元でどう運動を展開していくのか,この小冊誌…

2(1) 反対闘争の弱化をねらった政府の攻撃

1(2) 反対同盟の結成と共闘の発展

三里塚空港反対同盟は年月日空港建設に反対する現地農民約一千人が参加、成田市遠山中学校で空港反対総決起集会を開き、その場で反対同盟の結成をきめ委員長に戸村一作を選出した。集会後各部落の有力者が戸村宅に集まり、四人の副委員長と事務局長に石井幸…

1(1)政府の空港建設計画とわが党の活動方針

1966年7月、政府が三里塚に新東京国際空港建設を決定してから6年になる。空港建設は現在滑走路・ターミナルビルなど第一期工事の大半が完了した。しかし開港は当初計画より大幅に遅れ来春の予定となっている 政府が「世界の航空界の大型化・高速化にみあった…

三里塚現地闘争本部共同論文「三里塚空港闘争の中間的総括と教訓」

土地守る農民の闘いと「団結と統一」に力つくす共産党 闘いに分裂を持ち込み 挑発を繰り返すにせ「左翼」暴力集団 三里塚空港闘争の中間的総括と教訓 空港反対闘争の経過 【1. 空港建設に反対する共闘の発展】

参考図書

□『新東京国際空港(成田空港)建設闘争記録集』,日本共産党千葉県委員会「闘争記録集」編集委員会,2008/12/ □公安調査庁『成田闘争の概要』公安調査庁,平成5/4 [*1] □降旗節雄 一瀬敬一郎編『裁かれる成田空港』社会評論社,1991/12/25 □技術と人間編集部『反…

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矢向由季法尼挨拶

省略

司会

これから入力

谷ケ崎

御紹介戴きました平和塔奉賛会の谷ケ崎と申します。私は奉賛会の一員であると同時に「成田空港から郷土と暮らしを守る会」の会の一員でもあり この空港が出来る以前に 空港の敷地の中に存在しておりました日本共産党現地闘争本部の一員でもありました。今日…

司会(日本山妙法寺渋谷道場 武田隆雄)

ありがとうございました 御来賓の最後になりますけれども 三里塚平和塔奉賛会の谷ケ崎温様 御願い申し上げます

三里塚平和塔奉賛会 谷ケ崎温氏の挨拶

成田国際空港公団株式会社 三瓶達氏の挨拶から続く id:dempax:19720416 →

三瓶

皆様 本日はお招き戴きましてありがとうございます。成田国際空港株式会社の三瓶と申します。日頃より日本山妙法寺成田道場の皆様におかれましては 成田空港の安全を御祈りいただきまして まことにありがとうございます おかげさまをもちまして この成田空港…

司会

次に成田東京国際空港株式会社担当部長の三瓶逹様より御挨拶を頂戴します 今日はもうひとりの職員の方とおふたりで御参りされております

日本山妙法寺成田道場15周年記念法要での三瓶逹氏の挨拶

2016年11月27日 日本山妙法寺成田道場仏舎利塔15周年記念法要にて(録音より起こした)【参考】佐藤行通「三里塚平和塔において 興教院釈致誠大居士を弔う」id:dempax:19720115

日本山妙法寺成田道場[*1]仏舎利塔(平和塔)前の石碑[*2]から

拝啓 酷暑の地にて 藤井日逹猊下には益々御元気に御活躍の由御同慶にたえません かねてより猊下の三里塚にての御講演の記録や佐藤[行通]上人への御手紙など拝見させていただきまた佐藤上人の猊下の御意見に基づく活動や主張などを通じ猊下の空港の軍事利用に…

出典

「人間 宗像誠也」刊行委員会『国民の教育権を求めて 宗像誠也 人と業績』百合出版,1972/01/15 p.313 佐藤行通 当時、日本山妙法寺僧侶・日本原水協国際部・日本共産党平和運動Gr.

1969年頃か?

「方便力を以ての故に 滅不滅ありと現ず」法華宗 寿量品 私は千葉県成田市三里塚新国際空港建設現場に平和塔の建立を発願したものであります。闘諍堅固[トウジョウケンゴ*1]と予言された現代を救済遊ばされんとて、高さ 2.5m、優雅な尊厳な、白亜のお姿を現…

佐藤行通「三里塚平和塔において 興教院釈致誠大居士を弔う」

三里塚平和塔において 興教院釈致誠大居士を弔う 佐藤行通

【11】「橋浦はる子」牧瀬菊枝()『婦人公論』12月号 p.268 - p.273

婦人の社会主義団体「赤瀾会」創立メンバーに見る昭和史

【10】「根岸春江」秋山清()『婦人公論』11月号 p.328 - p.333

働いて成長した者の労苦で精神を育てた人のりりしさを持つさわやかな精神者. 暗い時代を自立して生きたはげましの人

【9】「河上芳子」師岡佑行(歴史学)『婦人公論』10月号 p.310 - p.317

河上肇博士の次女

【8】「松永くに」山代巴(作家)『婦人公論』9月号 p.322 - p.328

常磐炭鉱の闘士山代吉宗の母 □特高月報1941年11月 □呑川泰司『光と風の流れ - 山代吉宗の道』いわき地域学会出版部

【7】「高橋くら子」柴田道子(児童文学)『婦人公論』8月号 p.142 - p.151

長野県水平社創立期に活躍したアナキスト系婦人闘士 □東栄蔵『伊藤千代子の死』未来社,1979

【6】「島野初子」石垣綾子(評論家)『婦人公論』7月号 p.314 - p.321

運動の裏方として社会主義にもとづく女性解放史と共に歩んだ人はまた筆者の思想的な先達であった