16.不幸なる人々の爲に(岩井小學校)

岩井町忍足登■は大震起るや5分を經過しない中に村内の慘状を見て自家に製造しありし菓子價格約百圓餘を直ちに小袋に分ち罹災者に配布し慰安に努めた 當時之を受けた人々は今に至るも忘れ得ぬ喜の一として語り合つている


同井上義昌,能重利器は震災後日尚淺き9月6日 村民の常食品缺乏に■悩むを見てこめ10俵餘を罹災者に配給した 之が爲に罹災者飢を凌ぐことが出来未だに深く感謝されている


震災の時 鈴木要蔵の宅に醍醐といふ靜養を要する重い患者がいた 地震で皆避難したが 醍醐は逃げ出す事が出来ず家の中に恐怖と病苦とに■へていた 鈴木は之を知るや周圍の人の止むるをも聞かず又危険をも顧みず勇敢にも家の中に飛び込み醍醐を抱へて家を出やうとするや否や家の■は大音響を放つて崩壞し屋根瓦は勢よく飛び來り遂に鈴木は體を負傷するに至つた 然れども氏は之にひるまず醍醐の病状を氣づかひ負傷せるも物ともせず附近の醫師に連れ行き治療を受けしめた 氏の此の勇敢なる行と犠牲的精神に人々は非常に感動した


大正年月日の激震に際し各區一帯は家屋倒潰して壓死せんとする者數多かつた 此の時餘震なほ人心を脅かし海■再襲するとの流言に人々は避難に夢中であつた かかる間に佐藤良助,鈴木清吉,杉田和吉,田中猪之吉等は自宅の倒潰をも■ず自己の危険をも冒して附近の壓された者多くを救助した 大正年月日帝在郷軍人會長より其の功績を賞して表彰状を授與された