10.今のは神様ではないか(代見浦)

在郷軍人の談に曰く 追想せば今を去る7年前 … 大震災の當時は誰も飲まず喰はず着のみ着のままで一夜を明かしたのであつたが此の惨たる有様に人知れず奇特な働きを獻げられた者がある


吉田哲夫氏(假名)は1日の震災に負傷して身動きも出來なかつた始末であつたが夕陽の西に沈む頃になると家人下男等に命じて所有の米を罹災者に分配してくれた 而も其の仕方が洵に美しかつた


「今晩は此處にお米を少々置いて行きますからお上がり下さい」… と罹災者の門口に米を置いて行くのである … するとそれを貰つた罹災者は蘇生の思ひで「今のは神様ではなかつたらうか」と後を伏し拝み感涙にむせぶのであつた


かうした仕方を9月1日の夜から幾夜となくつづけた


又年若い庄司喜美子氏(假名)は餘震頻々と來る中に進んで傷病者の看護に當り寝食を忘れてその熱情を盡された 加之母と共に町内を戸別的に訪問し救急藥を施與して多くの傷病者を救護したといふ


鳴呼斯の如きは立派な仁義の模範ではありませんか