自警團に就ての所感(塚田尋常小學校)

大震火災と共に各所に生れた自警團は 其の動機はいろいろあらうが■■自己の家屋,財産を衛り協力して共同の利益・安寧を擁護しようとしたところに發して居る 要するに單なる利己心のみでなく 公共心の發露とも云ふべきもので 非常の災變に遭遇し 通信連絡の道は絶え 警察力が手薄となつた場合 各自發的に奮起し辻々に立つて町内を警固したことは 誠に當然で機宜を得た事であると言はねばならない


併し自警團の目的が自ら警るといふ事にある以上 その必要性は國家の保護力減退して其れのみに頼ることの出来ぬ間に於てのみ正當であつて一旦國家の保護機關が復舊し其の力が増大したのちは自警團には最早何等權力を行使する理由はない 妄に通行人を誰何したり 拘禁してはならぬ 固より他人を殺傷するが如きことは絶對に許されぬ所である 震災の直後當局が防火や罹災民の救護に必死となつて他を顧る餘裕なく 然も恐るべき流言蜚語が人々を脅かして居た その當時にあつては 多少の誤解をなし常軌を逸したことは蓋し已むを得なかつたとするも 併し昂奮の餘り一般に過激に奔つた事實のあつたことは遺憾である が更に一歩を譲って非常時の事とてそれも致し方が無かつたとするも 自警團の中には警察力が復舊した後迄も當初の態度を持續し為に無意識の間にその分を超え 手を引く可き時機を忘れ それがため自警團は種々の問題を起すに至つたのであるが 要するに當時頻々として傳はつた流言に迷はされたからであると思ふ 其れ等流言の中には如何にも眞實らしいものもあつたが何等根據の無い馬鹿馬鹿しい虚言浮説が大部分であつた


然るに夫れ等の流言蜚語が其のまま無批判に受け容れられ その結果大變な騒を惹き起したことは寔に[寔に まことに p.378]残念な次第であつた あの場合虚報が迅速に流布されたことも無理はなく又地震と火事に脅かされて神經過敏になつて居る人々が風聲鶴唳[*1]にも驚き 騒ぐと云ふことは人間の弱點であつて之は獨り我が國民性の缺陥といふばかりでなく 恐らく世界人類共通の弱點ではなからうかと思はれる


夫れで當時の人々が冷静な判断をし得なかつたことは 平素の修養と訓練が足りなかつた結果としなければならぬ 今後は此の苦き経験に鑑み 妄に流説に動かされない様に努力しなければならぬ そして世の中には悪人はあつても全軆が悪人でないことを堅く信じて居なければならぬ 自警團は烏合の衆であつては決して統一ある活動が出来るものではない 併し斯くの如き團軆は當時の急に應じて生れたものであるから不斷自警團としての節制を訓練するわけには行かぬ 夫れで國民全軆の教育を高め 如何なる變災に處しても冷静な判斷を下し適當の處置をなし得るやう平素から國民を訓練して置く必要がある


當時の自警團に付いて見るも其の先頭となつて居たものは多くは自己の家屋を所有して利害關係の大なる人や 近隣の人々を相手に商業その他を榮みよくその顔を知られて居る人々が主となつて居り 借家に住家して居る官吏・教員・學者等 所謂知識階級の人々は臨時自警團に加はつたとは云へ日頃多く孤立して近隣との交際もなく顔も知られて居ない結果 何時も發言の機會が與へられず縱つて種々考があつても之を以て衆人を指導することが出来なかつた 故に市町村當局者は此れ等有識者に充分其の意見を發表すべき機會を與ふ可きで有る


震災後直ちに町會を成立せしめて反省會の様なものを開いた所もあつた様に聞いた 斯んなやうにして一致協力改善に努力することが第一である

*1:鶴唳 かくれい 鶴の鳴き声 p.256