『はだしのゲン』の原型---『おれは見た』


『おれは見た』を描いた時,主人は初めて自分の被爆体験を私に話してくれました. その時までいっさい触れることのなかった話をです. 私も聞こうとは思っていませんでした. それを聞くことで主人が病気のことを考えたりしたら辛いじゃないですか. だからなるべくそっとしておこうと,前向きな考えで聞かなかったのです


主人は,実はこういうことがあったんだと,被爆体験を始めから終わりまで話してくれました. そんな凄まじい体験をしていたとは思いもよらなくて,信じられなくて…. 主人の淡々とした声が,逆に余計に私の心に響いてきて,涙を流しながら聞きました


『おれは見た』はプライベートのことだから,本当は書きたくなかったのだそうです. でも,当時の少年ジャンプの編集長・長野規[ながのただす]さんには


「中沢さん,もっと描きたいことがあるんじゃないの」


と,連載を促されたそうです


主人は最初,どうしようか迷っていたみたいですが,最後は


「じゃあ,やろうか」


って. こうして長野さんに背中を押されて『おれは見た』をもとに,『はだしのゲン』の連載が始まったんです