ふたりで東京中の映画館を訪ねた


その頃の私は漫画のことをいっさい知らないし,漫画家がどんな生活をしているかも全然知りませんでした. 生活が不安定かもしれないといった不安も特に感じていなくて. 私はのんきな性質なので,お互いの気が合えば生きていけるんじゃないかな,なんとかなるでしょと楽観的でした


結婚して東京に出てきて,最初の半月間はふたりで東京中の映画館に通いました. 私が東京のことを全く知らなかったものですから,東京の地理を覚えるために,地図を見ながら山手線に乗っていろいろな映画館を訪ねたのです. その時に観たのは『バルジ大作戦』とか『ベン・ハー』といった映画でした. 私は「東京はやっぱりすごいこんな大きなスクリーンの映画館があるなんてすばらしいところだな」と驚き,感動しました


その後主人はアシスタントに行くようになりました. 聞くと,月の半分はアシスタントに行き,残りは自分の作品を描くといいます. 漫画家の仕事とはそういうものなのかなと思いました. その頃,主人は


「3年待ってくれ. 3年経ったら完全に独立するから」


と言っていましたし


ところが,結婚して1年経った時主人は独立しました. まだ食べていける目処は立っていなかったと思いますが


「こうやってアシスタントをだらだら続けていたら,アシスタント慣れしてしまい,自分の作品が描けなくなる. 俺には描きたいものがたくさんある. でも,アシスタントをやっていたら描くことは出来ない. 俺は漫画に専念する. お前は家のことを守ってくれ」


と言って独立したのです


主人を独立に駆り立てたのには,理由がありました