野村修訳A
1
かの女は水におぼれて、小川から川へ
川から大川へとながされていった
そのとき、空にはしろおく月影が冴え
光にはほのかに哀悼がまじった
2
浮き草が、藻が、腕に足にからみつき
かの女は重たくなってゆく、しだいしだい
つめたく、魚たちがかの女に触れてゆき
最後の旅路をさえやすらかにはしない
3
ゆうぐれには空はくろずむ、煙のよう
夜にはゆらめく、星くずのうすらあかり
朝、また空は明るい。おおなぜだろう
まだかの女のために朝があり、夕があり…
4
だが、蒼白い肉がくさりはててゆけば
どうしてかの女の記憶を神がたもつ?
忘れてゆく、顔を、手を、また髪のたば
やがてかの女は無量の腐肉のひとつ
責任編集/野村修『ベルトルト・ブレヒトの仕事3/ブレヒトの詩』河出書房新社,2007/01/30新装新版p.74 ,初版,1972/07/10