はじめに

日本陸軍における犯罪及び非行に関する史料は断片的であり、その実態については、未だに明らかにされていない部分が多い。特に戦地あるいは戦時下における史料は極めて限定されている。また大東亜戦争終結以降、今日までの日本陸軍における犯罪及び非行に関する調査、研究は、対住民犯又は捕虜虐待などのいわゆる戦争犯罪に焦点を当てたものが多く、さらに軍内部における犯罪及び非行に関する調査、研究等も含め、これら軍による犯罪及び非行の要因を天皇イデオロギーに基づく徹底的抑圧とこれに対する反抗といった所謂「天皇の軍隊」としての日本陸軍の特殊性に求める傾向のものが少なくない1。本稿においてはこのような状況を踏まえ、大東亜戦争期(主として昭和 16(1941)年以降)の日本陸軍における犯罪及び非行、中でも軍の指揮・統率に関わる犯罪及び非行に焦点を当て、その実態と要因及び軍の対策について考察する


なお具体的な考察の範囲としては、日本陸軍の軍人、軍属の犯罪(陸軍刑法犯)及び非行(非違)とし、特に軍の指揮・統率に直接関わる犯罪として対上官犯(抗命・暴行脅迫・侮辱の罪)、奔敵(逃亡)2等に焦点を当てた。また地域については中国大陸(満州含む)・内地(朝鮮・台湾含む)に焦点を当てることとした