仕事が終わったら朝市で買出し


家でネームをきっている時だと,声をかけられませんでした. たった一言の台詞がなかなか浮かんでこない時に話しかけると,今思い付きそうだったのにという感じがあるそうなのです. ネームをきるのはだいたい夜中でしたが,とにかく,静かにしていました


でも,私は先に寝ようとは思いませんでした. 主人はコーヒーが好きで,1日7〜8杯は飲むので,そっとコーヒーを差し出したりして,仕事が終わるのを待っていました. 音を立てられないので,待っている間は子供の服を縫っていました. だから娘の服はほとんどが私が作ったものだったんですよ


2〜3時間しか寝なくて睡眠不足だったので,娘には


「お母さんはいつも目が赤いねえ」


なんて言われてました


それでも台詞が浮かんでこない時もあります. 主人が


「だめだ. 寝るよ」


と言ったら,お酒を用意してあげました. だいたい,ビールを2〜3本,ウイスキーを4〜5杯飲んでから寝ていましたね


朝方まで仕事をした時には,浦安にあった朝市まで二人で車で行くこともありました. そこに行くと新鮮な魚介類がなんでもあったんです. 瀬戸内生まれの私は,魚を見ているだけで楽しくなりました. 主人も,肉より魚介類のほうが好きなので,そこでいろいろ仕入れていたんです. とくに貝が大好物で,ミル貝,赤貝,トリ貝の三つがあれば,毎日でも文句を言いませんでしたね


ワタリガニを買って帰った時は,主人がさばいてくれました. 食べるところが少ないカニですが,それを上手にさばくんです. 子供の頃,広島の川で覚えたんだそうで,お母さんが働きに出た時には,代わりに食事を作っていたらしく,料理は上手でしたね


広島では正月に巻き寿司を作るんですけど,うちではいつも主人が巻いていました. 私が作ったら,どうも気に入らなかったようで


「どけ,わしが作っちゃるけん」


と言って,材料から自分で買ってくるんです. 穴子,伊達巻,芹,干瓢…酢加減も違うらしく


「よう覚えとけ」


と言いながら全部自分で決めるんですよ. でも,主人の巻いたその巻き寿司は,たしかに本当においしかったですね


少年ジャンプで『はだしのゲン』を連載していた時は,週刊だったのでアシスタントを一人頼んでいました. でもそれはペン入れの時だけ. あとは全部,主人がひとりでやっていて,その主人を支えるのが私の仕事でした


主人は漫画を描いている時が一番楽しかったと言っていましたが,私にとっては,楽しいというのとは少し違います


忙しかったけれども,とても充実した時間を過ごさせてもらったと,主人に感謝しています