竹田茂夫「命と暮らし」

出典…東京新聞2014/06/19(29面)【特報/本音のコラム】

命と暮らし

竹田茂夫


目に焼きつくふたつの標語がある.「アルバイト・マハト・フライ」(働けば自由になる)は強制収容所に高々と掲げられた.「原子力,明るい未来のエネルギー」は無人双葉町に掛かる看板だ


ナチスは絶滅や強制労働に自由ということばを充て,原子力ムラは事故の恐怖を押し殺して明るい未来を語る. 共通するのはことばへの冷笑的態度で,二つの標語は無頓着に作られたはずだ. だが,意味の転倒によって不気味な実態を指し示している


集団的自衛権の例証のために,安倍首相が先月の記者会見で持ち出した「私たちの命と暮らし」や帰還船の「子どもたちやお母さん」に,本人や取り巻きたちは大した意味がないと思っているはずだ. 実際,専門家が指摘するように挙げられた例には説得力がまるでない


かれらの本当の願望は,情報と教育とメディアを統制し,抵抗を振り払って原発再稼働や沖縄の基地移転を強行し,つまり国内外で強制力や暴力の行使を躊躇しない強面の国家を打ち立てることにある


朝鮮半島の有事や国内テロの脅威で事態が切迫すれば,命と暮らしは守るべき至上の価値から軍事力行使のために甘受すべきコストへ逆転するに違いない. 国家のために国民の犠牲は覚悟せよということなのだ