朝鮮学校について


千葉市花見川区にある千葉朝鮮初中級学校は県内にたった一つの在日コリアンのための民族学校です


戦後一世たちがいずれは故郷に帰ることを前提にして 子や孫に母国語を教えるために建てた学校です 「みんなの学校」という意味のウリハッキョと呼ばれ在日コリアンコミュニティの心の拠り所になつています(鮮籍・韓国籍・中には日本国籍保有する者もいます)


教育内容は 日本の一条校に即したカリキュラムと母国語と民族の歴史・地理・文化をプラスしたもので 学校卒業後には同胞社会だけでなく日本社会や国際社会で活躍出来るようにと語学に力を注いでいます 日本語は英語同様 外国語として勉強します 初級部1年に入学して「あいうえお」と同時に「あやおよ」とハングルを習い始め 1年で簡単な生活用語を話すことが出来るようになります そして 母国と故郷のことを学びながら自分が誰であるかを知り 日本で生まれ育ちながらも徐々に民族的アイデンティティーを確立することになります 一人一人の存在価値を見出だし生きる力を育てるのが 民族教育の目標でもあります

授業の展開

(1) 学習の目的とねらい


生徒自らの力で社会政治用語に関する資料を集めたり情報収集をしたりして みんなで話し合い 関東大震災の被害と朝鮮人虐殺について理解しながら学ぶ


なお 関東大震災については5年生「社会」の「日本史」部分で扱われ 中級部では社会科目で日本史「在日朝鮮人の歩み」の中で関東大震災朝鮮人虐殺の事実を学んでいます


対象: 2016年度初級部6年生


教材: 物語 奈良和夫著「朝鮮から来た弟」


内容: 登場人物 まきこさん しんさん ちゃんぼむ 朝鮮から職探しに来たしんさんの弟ちゃんぼむとしんさんが上野駅近くの木賃宿で久しぶりに再会するが そこで関東大震災に巻き込まれます 日本語の授業で読んだこの「朝鮮から来た弟」は実話に基づいて書かれたものです 愼昌範という実在の方(松戸市在住)で実際に体験されたことを参考にしています


(2) 学習の流れ


学習は次のような流れでおこないました


本文の理解と調べ学習・そして特別授業(調べ学習の発表→お話を聞く→質疑応答と感想発表)を受け まとめの感想文を書く


はじめに物語のあらましを捉え 日時を追って出来事を押さえました そして主人公たちが大震災の被害をどのように受けるか 状況を把握しました


読み進みながら その都度 感じたこと 気付いたこと 衝撃だったことや疑問等をメモしてじっくり考え 理解に努めます そして生徒自らの力で社会政治用語を調べまた関東大震災に関する本や資料を集めたりインターネット等を利用して情報収集したりする力を付けるようにします


次に班毎に調べた内容をまとめ 時間をかけて思考・判断し 意見をまとめて発表の準備をしました そしてみんなで話し合う過程で関東大震災の被害と朝鮮人虐殺についてより詳しく知るようにしました


特に千葉県で起きた虐殺事件に目を向け 他人事 歴史的出来事として片づけるのではなく 在日朝鮮人の歩みとして捉え 深く関わることで前向きに生きる姿勢を持たせるようにしました


(3) 調べ学習


物語のあらましと言葉の意味などを勉強した後 調べ学習をしました


[a] 関東大震災の被害について


[b] 時代背景について


[c] 流言蜚語と朝鮮人虐殺についてなど


図書室で関連性があると思える本を集め 情報収集をしました しかし 参考図書がかなり古かったり小学生には難しかったりしましたので たとえば「労働組合 暴動 社会主義者 無政府主義者 内乱 米騒動 戒厳令 教育勅語 不逞鮮人」等はその意味を調べるための学習がさらに続きました


調べながら話し合う また 調べるを繰り返す過程で 自分なりの考えをまとめ 調べたものを黒板に掲示し発表しました


そして発表して(もしくは聞いて)わかったこと・感じたこと・伝えたいことを考え その間に思ったことを最後にまとめました

特別授業

この授業では 生徒たちが調べ学習の発表をした後 平形知恵子さん(元高校教師・千葉県歴史教育者協議会)に 朝鮮人虐殺の事実について船橋習志野・八千代等地元でお調べになったお話をしていただきました


日時: 2016年7月15日(1時間)


参加者: 初級部6年生3名 中級部3年生13名 教員2名


(1) 調べ学習の発表


関東大震災の時 何が起こったのか 生徒たちが調べた事実を発表しました


「震災の被害状況について」(キム・チェスン)


「時代背景について」「3・1独立運動と日本の労働運動」(リム・キョンア リャン・スミン)


「流言蜚語と朝鮮人虐殺について」(キム・テソン リ・カヨン)


さらに生徒たちは地震後に流されたデマ・戒厳令と軍隊・自警団のこと・虐殺が起こった場所などについて発表しました


リュウ「6年生のとき初めてこのことを知りました 地震だけでも怖かったのに 命令されて殺すことの辛さを想像しました 殺すことは辛いはずだから そう思いながらウェブで調べていたら《9月1日にそんなことはなかった》という言葉を見つけました 驚きました でも謝罪の言葉もありました」


リ「恐ろしすぎてたたでさえ苦しいときに あり得ないことが起こって … 悔しくてたまらない気持ちが新たにこみ上げてきました」


チャン「僕の曾祖母は日本人に助けられ九死に一生を得ました 助けた人がいなかったら僕は此処に存在しません」


キム「辛かったことだろう インターネットで《デマはデマじゃない》という人がいて 事実はなに!?と思いました これから二度と起こさない社会はどうしたらつくれるだろうかって」


リ「数字に実感がない 行方不明者が多すぎる《十円五十錢》が言えなかった人 耳が悪く聞き取れなかった人 中国人や土地勘がなかった日本人まで殺した人の人生も苦しかったはず 日本の学校の同じ年代の人にも知っていてほしいです」


リ「私は自警団の中にいた人すべてが悪い人だと決めつけようとしましたが そうではないようです 何も知らないで決めつけるわけにはいかないから きちんと知ることが大事だとわかったからです 二度と繰り返さないために出来ることを探さなくてはいけません いしめがある時代だけど仲良くなることが大事 実際に会ってみると仲良くなれる 互いに信じられるのだと思います」


(2) 平形知恵子さんのお話


子供たちの発表内容に即して 平形さんに映像を交えながら話していただきました


「調査のきっかけは船橋習志野・八千代で「普通の人」が虐殺者になってしまったことです 隠され続けていたことを吐き出すきっかけになったのは 中学生の聞き取り調査でした 人の命の尊さを考える余裕もないほど追い詰められていた人々は 植民地出身だったから蔑まれていました


軍の出動と自警団の組織などで責任が分散されました でも 心ある人は勇気を持って戦えたはずです」


(3)生徒たちの反応


「何故 調べ続けたのですか」


「どんな資料や本を御覧になりましたか」


「何が辛かったですか」


「日本の学校の教科書ではどう教えていますか」


生徒たちは平形さんにこう質問した後 お話を聞いて感じたことをその場で次のように述べた


「お話を聞いてみると 初めてこの問題に触れた時の衝撃が薄れている自分がいることに気がつきました 日がたつにつれて怒りが薄れ終わりになってしまうのか 気を引き締めて胸に深く刻み僕たちが忘れてしまったらおしまいだ ぜったいに忘れてはいけないのだと思いました」(中3・カン)


(4) 6年生の感想文より


「デマがどんなに怖いものかを思い知りました デマを流した者が恨めしくてなりません あり得ないのです 軍隊や警察に命令されたら本当に逆らえないのだろうか もし自分が殺されそうになったらどう思うだろうか そうやって殺されたことを知った家族はどう思うでしょう 人間を信じられなくなるでしょうだからと一生恨むより《仕方なかったのだ》と許す方法もあるかも知れません 人を恨みながら生きるのは辛いと思うからです それでも忘れることは出来ないのです 僕は平形さんが何故こんな辛い朝鮮人虐殺について調べ続けて来られたのか疑問でした 平形さんは朝鮮人を助けた話を調べていて助けられなかった人について調べられたと聞きましたが 自分ならそこで耳をふさいでしまいたくなると思います でも平形さんは生徒さんたちと一緒に真実を明らかにするためにずっと調べ続けてくれたんですね 僕が一番心に染みたのは何十年もかけて虐殺された人たちのために慰霊碑を作ろうとした話でした 今では慰霊祭にその事件に直接関わった人の孫にあたる人も参加されているという話からそれは《伝えるため》だとわかりました 辛い話だけど忘れてしまうのではなくて二度と起こらないように協力していくのが大切なのですね 僕はこのぜったいに忘れてはいけない話を次の世代に必ず伝えていきます」

学習を振り返って

初級部6年生の時に学習した内容は それぞれの心の中に深く刻み込まれていました まさに初級部で学習したこの事件は民族的アイデンティティーに大きな刺激を与えています また 中学生になると その後の社会の授業を通して感傷的に受け止めていた出来事を客観的に学び直すことになっています


知れば知るほどに 身内や知り合いの行方を探せなかったこと 骨が無かったこと 墓が無かったこと 何処に訴えればいいか誰に知らせていいか分からなかったこと 自分たちを守るすべが無かったこと 在日同胞の哀れな存在が悲しくもどかしい思いでいっばいです それが子どもたちの正直な思いかもしれません


でも この学習で肝心なところは 自分たちは被害者で 日本人は加害者で どこまで行っても分かり合えない存在だと敵対心や猜疑心を持つのではなく 悲しい歴史を繰り返さないために役割を果たせる人になろうと前向きに考える機会にすることでした


今回の特別授業で 子どもたちは平形さんから「知ること」と「伝えること」の大切さを学びました


また 平形さんという日本人に出会い 日本人が日本の過ちを正そうとしている 辛い問題から目をそらさず なかなか進まなくても諦めることなく調べ続けている 慰霊やフィールドワーク 教科書問題 国の補償問題にも尽力しているということを知り 安心したのです


これからも 平和で明るい未来を築き 不幸な歴史を繰り返さないためにも 前向きな姿勢で未来につながる教育が出来るよう力を尽くしたいと思います