『図書新聞』9/23 記憶の暗殺者たちに抗する 歴史の記録と想起の営み

図書新聞』NO.3320(2017/9/23) 1面【記憶の暗殺者たちに抗する 歴史の記録と想起のいとなみ】


    桜井裕三

レポート 関東大震災94年 朝鮮人犠牲者追悼式

朝方まで降り続いた雨も止んで 晩夏の快晴日和となつた去る9月2日 東京都墨田区八広の荒川河川敷で「関東大震災94年 韓国・朝鮮人犠牲者追悼式」が開催された 今年で36回を迎える追悼式には例年より多い270人以上がつめかけ 朝鮮人虐殺が行われたこの場所で 94年前のあの日にめいめい思いをはせた


今年の追悼式開催はとりわけ重い意味をもつた 小池百合子東京都知事が 前日の9月1日に墨田区の都立横網町公園で行われた朝鮮人犠牲者追悼式典に 都知事として例年寄せていた追悼の辞を取り止めたからである 山本亨墨田区長もそれに追随した 知事の説明は 関東大震災で「犠牲となつた全ての方々への追悼」を行うので個別の式典には出さない…というものだ 地元自治体の首長がそろつて朝鮮人虐殺を震災の犠牲者一般へと解消する後押しをし加害と被害を曖昧にする挙に出たのだ


一つのきっかけは今年3月 自民党古賀俊昭都議会議員が 都議会の一般質問で 横網町公園内にある朝鮮人犠牲者追悼碑に刻まれた「あやまつた策動と流言蜚語のため六千余名にのぼる朝鮮人尊い生命を奪われました」という部分が「事実に反する一方的な政治的主張と文言」(都議会会議録)だと問題にしたことにある 古賀都議は「日本及び日本人に対する主権及び人権侵害が生じる可能性があり…へいとすぴーち」であるゆえに碑の撤去を検討すべきであり 碑前で行われる追悼式への追悼の辞の送付は「歴史を歪める行為に加担」することになるから止めるよう 小池知事に求めた


古賀都議は同じ質問で 工藤美代子著『関東大震災 朝鮮人虐殺の真実』(産経新聞出版,2009年)を読むよう知事に勧め また戦没者慰霊のための靖国神社参拝も促している 虐殺の問題を数字に矮小化して過小評価し 共産主義朝鮮人独立運動に対する治安維持の観点を強調し 流言蜚語を否定するなど「事実に反する一方的な政治的主張と文言」のすてれおたいぷがここには顕著だ それに呼応したかのような知事と区長の政治判断も 碑文に刻まれた「あやまつた策動」そのものであろう 流言蜚語が決して過去のものではなく「あやまつた策動」がそれを後押しすることは今日 公共空間やネット上に氾濫するへいとすぴーちを見れば一目瞭然である


焦点となつた追悼碑は 1973年 美濃部都政時代に建立されたもので 碑文には「この事件の真実を識ることは 不幸な歴史を繰り返さず 民族差別を無くし 人権を尊重し」と刻まれている 都議と知事は碑をそれぞれ否定的・受動的に都立公園に受け入れたというトーンで応答しあつている そこには公園から碑を消し去りたいという思いが見え隠れする 犠牲者数の問題視は突破口にすぎない 歴史は繰り返される … 今回の知事たちの対応が示すのは それが現実味を帯びてきたということだ


一方で 歴史を繰り返さないための努力が 墨田区の片隅で営々と積み重ねられてきた 冒頭の荒川河川敷での追悼式を主催する「関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会」は1982年 朝鮮人犠牲者の遺骨が河川敷に埋められたままになつているという証言をもとに発掘を試みた 遺骨は発見出来なかったが その後 震災の約2ヶ月後に 警察が二度にわたつて埋められた遺体を密に運び去ったことが分つた 発掘を断念した同会は 現場に追悼碑を建てるため 国や区と交渉を重ねた だが虐殺を証拠づける文書がないなどとして許可されず 2009年にようやく河川敷近くの私有地への建立にこぎつけた そこに至るまでの道程は「」しないための たゆみない歩みだつた


82年当時から同会で活動を続けてきた西崎雅夫氏は これまで集めてきた証言や体験記などの記述を編んで 昨年『関東大震災虐殺の記録 東京地区別1100の証言』(現代書館)を刊行した 追悼碑に続く膨大な紙碑である 西崎氏は本紙インタビュー「「証言」を積み重ねる… 「事実」を知ることで 人は変わる」(3275号)で同会の活動と本書刊行までの経緯を語っている


現在 千代田区立図書館で開催中の「書評紙が選ぶ今すぐ読みたいベスト16」では本紙が同書を「荒川下流域の足立区や墨田区で35年にわたって事件の掘り起こしを続けてきた編者たちのたゆみない努力の結晶」と推薦している 小池知事には何よりまずこれらを読むことをお勧めする


歴史歪曲者はつねに犠牲者数や「事実」を持ち出し 真相を相対化し否定するが 依るべき証拠を消し去ったのは当の加害者であり それを「ない」「事実と異なる」と居直って検証や想起の営為を抹消し 闇に葬る記憶の暗殺者たちのこうしたふるまいに抗するには 証言や記録を刻んで想像力を放ち歴史を生きることだ


政治の策動に抗して その営みが営々と続けられている 荒川河川敷の追悼式では 朝鮮半島伝統芸能プンムル(風物)が虐殺の現場に舞い 地面を揺らした 死者よ 生者を覚ませ … 追悼は祈りにも似て 問題の所在を私たちに告げるように揺さぶった