■ 何でも賣切申候
大震の翌日頃から数日間 焼残り市街の諸種販賣店では 大概「賣切」の札を出してあつた 其中で最も早かつたのは米屋と菓子店・八百屋等であつて1日の夕方には戸を閉めて表に「白米賣切申候」とか「菓子は一つもありません」とか「悉皆賣切」とかいう貼紙をしてあつた これは前途の危惧で我も我もと多量に買占めた結果であらうが中には事實の賣切でないのに一時賣切として隠し置き後に暴利を貪らうとした者も多かつたようである 其例につき「都新聞」に面白い話が出て居た
新宿終點の或油屋では店内に油があるにも拘らず「賣売切」と貼出した さあ附近の住民は火の様に激して四谷署に告發した 早速 小使いを密かに買ひにやつた處 これも斷られたので四谷署から2,3名の署員が出張し取調べると數箱あつたので「無い物があるとは不思議だ 是は当方へ押収する」と全部押収したので油屋は口あんぐり
(ちくま学芸文庫 p.35)
● 流言浮説集【1】
人心騒亂の時には一種の變態心理者があつて何等の根據なき妄誕無稽の事を言觸らせて喜んだり 又何かの爲めにする所があつて 捏造虚構の事を吹聴したりするものであるが 今回の大變事に際してはそれが最も多く行はれた 後の訓戒となるべき奇言珍説を續載する