治安維持法検挙者の記録

赤旗2017/1/22 8面 読書 渡辺治評 小森恵(小黒義夫)著 西田義信編『治安維持法検挙者の記録』文生書院・1万2千円 ISBN9784-8925-3601-4 ISBN:9784892536014


小森恵(小黒義夫)著 西田義信編『治安維持法検挙者の記録』刊行

本書はあの悪名高い治安維持法により弾圧された膨大な犠牲者の検挙・勾留・裁判関係の記録の所在を人名別に編集した資料案内である


本書のもとになる数千冊におよぶ書籍の記事から個人別ファイルをつくるという気も遠くなるような作業を行ったのは故小森恵(本名・小黒義夫)氏である。長く東京大学社会科学研究所において図書館司書として職務に携わる傍ら、治安維持法関係の資料の収集・整理を続けた


本書は生前からその作業を助けてこられた西田義信氏の手で補正され懇切な解説・手引きをつけられ、文生書院の小沼良成氏が幾多の困難を克服して公刊にこぎ着けた

「党を助けた」口実で重罰に

弾圧の実態 解明の入り口に

本書がもつ大きな意義は、本書の記録の検証を通して、治安維持法が戦前日本の社会運動に対して行った弾圧や自由抑圧の規模や手口を知ることができるという点である。1925年制定当時の治安維持法は、当初は、共産党を「国体」=天皇制の変革をたくらむ凶悪組織として一網打尽にすることをねらってつくられたが 3・15事件で本格的に発動された直後の28年に改悪され、より広範な人々に刃を向けるようになった。共産党員のみならず、それを支持したり共感したりする人々や組織を一網打尽にしなければ、運動の広がりを抑えられないと考えたからだ。そこで新たに登場したのが「目的遂行罪」である。労働組合や文学・演劇運動で活躍している人々を、党のメンバーでなくとも党の「目的」を助けたという口実で重罰の対象とするというものであった。共産党員を家に泊めただけで検挙され投獄された人も少なくない。さらに共産党指導部が壊滅した後、天皇とは異なる神を信奉するのは「国体」の否定だという口実で新興宗教団体・キリスト教・仏教の平和運動にも発動され、侵略戦争に国民を動員していく大きな梃子となったのである


本書を見ると、驚くほど多数の、しかも幅広い分野 - 社会運動から学問・宗教・文学・絵画・演劇人などが治安維持法の弾圧の対象となっていることが見てとれる


たとえば「寺尾信夫」という本名で宇野重吉が載っている。宇野は2回にわたり同法で検挙勾留されているが理由はその演劇活動が党の「目的遂行罪」にあたるという口実だったことがわかる


運動や記憶の掘り起こしに

著者が本書の編纂にのりだしたきっかけは、治安維持法により弾圧された本人や縁者が、自らがかかわった事件の経緯・判決の所在を問い合わせてきたことに答えたいとの思いであった。本書は、そうした治安維持法の体験を追跡する手がかりとなるだけではなく、戦前、戦時期の治安体制や社会運動の研究者にも大きな武器を提供するものである。治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の県本部や日本国民救援会などでは、ぜひこれを備え、地域の運動や記憶の掘り起こしに、大いに活用していただきたいと思う