【4】その手に渡れば真実が有効に働く人々を選び出す判断力

意見や描写を売買する市場での, 著作物にかんする幾世紀にもわたる商売の慣行によって, つまり, 自分が書いたものについての心配が, 書き手からとりのぞかれたことによって, 書き手は, かれの顧客や注文主, 仲買人が, 自分の書いたものをすべての人々に渡しつづけてくれるという印象を得た. ぼくが話せば, 聞きたい人はぼくの話を聞く, かれはこう考えたのだ. しかしじっさいには, かれが話しても, その言葉を聞いたのは, 金を払える連中だった. かれの言葉はすべての人に聞かれたわけではなかったし, かれの言葉を聞いた人もすべてを聞きたかったわけではない. この点については, まだ十分言い尽くされたわけではないにしても, 多くのことが言われてきた. ここではただ〈だれかにむかって書くこと〉がただ〈書くこと〉に変わってしまった点だけを強調しておきたい. しかし真実は, ただ書けるというものではない. 真実は, その人がそれでなにかをはじめられるように, ぜひともだれかにむかって書かれねばならない. 真実の認識は, 書き手と読み手に共同の作業だからである. よいことを言うためには, ものごとを上手に聞くことができなければならず, またよいことを聞かねばならない. 真実は計算して言わねばならず, 計算して聞かねばならない. そして, ものを書くぼくらにとって重要なのは, ぼくらは真実をだれにむかって言うのか, だれがぼくらに真実を言うのかということである


ぼくらはいまわしい状態についての真実を, その状態がもっともいまわしいところにいる人々のために言わねばならない. そしてその人々からその状態のことを聞く必要がある, 呼びかけなければならないのは, 特定の信念を持っている人たちばかりではない. おかれている境遇のおかげでこの信念のすぐそばにいる人たちにも, そうする必要がある. それに, きみたちの聞き手はたえず変わるのだ! 首吊り役人でさえ, 首吊りに支払われる代金がもう手に入らなくなったり, 危険があまりにも大きくなれば, ものを言うようになる. バイエルンの農民たちはどんな革命にも反対だったが, 戦争があまりにも長くつづき, 息子たちが家にもどっても, もう家屋敷内にいるべき場所がなくなったとき, 革命側はかれらを獲得することができたのだ


ものを書くものにとって重要なのは, 真実の調子を見つけだすことだ. このばあい一般に耳にするのは, ひじょうにものやわらかな, あわれっぽい調子, つまり, はえ一匹殺せない人たちの調子である. この調子を耳にするものは, さらに悲惨になってしまう. こんなふうに話す人たちは, おそらく敵ではあるまいが, 決してぼくらといっしょに戦う人ではない. 真実は戦闘的なものである. 真実は真実でないものと戦うばかりでなく, 真実でないものをひろめる一定の人間とも戦う



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5…真実を多くの人々のあいだにひろめる策略


【要約】