7 戦争(7作品)


中沢啓治はだしのゲン』【寸評…世界で唯一、原子爆弾が投下された地の国民が共有すべき書物であろう。あれから70年が経ち、体験者も数少なくなっていく中で、戦争、取り分け原爆の悲惨さを語り継ぐのにこれ以上リアリティーのある教材はあるまい。私は中学校の図書館で読んだのが最初と記憶する。原爆に関して、ガラスの破片が体に突き刺さり、皮膚が溶けて流れる被爆者の描写に受けたその時のショックを超える体験はまだない。10数ヶ国語に翻訳され、世界的にも評価を受けている一方、日本では、日本軍の描き方や政治的なスタンスを巡り、児童に読ませることへの批判もある。だが、日本の安全保障が問い直される今、そうした批判も含め、原爆や戦争を考える材料として、評価を与えておきたい


中村 伊知哉(慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 教授)
Ichiya Nakamura


慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 教授 1961年生まれ。京都大学経済学部卒。慶應義塾大学で博士号取得 (政策・メディア)。1984年、郵政省入省。1998 年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。内閣官房知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会座長、内閣官房戦略会議などの委員を務める。社団法人CiP協議会理事長、社団法人デジタルサイネージコンソーシアム理事長、超人スポーツ協会共同代表、デジタル教科書教材協議会事務局長、NPOCANVAS」副理事長、ミクシィ社外取締役などを兼務。著書に『コンテンツと国家戦略』(角川EpuB選書)など多数】


□おざわゆき『凍りの掌 シベリア抑留記』【寸評…著者のおざわさんが、父親のシベリア抑留体験を聞き取り描いた作品。シベリア抑留からやっとの思いで帰国をした人たちはアカ(共産主義者)だと疑われ、保障も得られず、仕事に就くチャンスも少なく、帰国後も苦しめられ続けた例が多いという。その苦悩は計り知れない。この作品は、戦後生まれの著者が、家族の証言からイメージして描いているため、戦無世代の読者にも読みやすいだろう。自分の親やそのまた親たちが、様々な状況の中踏み込んでいった戦争の結果がどうなったかを知ってほしい。戦後70年を迎え、歴史になりかけている第二次世界大戦の、語られてこなかった真実を伝えたいという著者の想いが伝わってくる作品


ヤマダ トモコ(マンガ研究者 / 米沢嘉博記念図書館
Tomoko Yamada


マンガ研究者 / 米沢嘉博記念図書館 1967 年富山県高岡市出身。マンガ研究者。明治大学米沢嘉博記念図書館スタッフ。日本マンガ学会理事。2013 年「バレエ・マンガ〜永遠なる美しさ〜」展総合監修、2015 年「『描く!』マンガ展」展示構成アシスタント・図録編集などマンガ展の仕事や、少女マンガ関係のライター仕事が多い】



今日マチ子『いちご戦争』【寸評…男の子にとっての戦闘機や銃は、女の子にとっては甘いものかもしれない。そんな世界を絵だけで想像力豊かに表現した作品。甘いものは可愛くて美味しい。武器は機能的で美しい。ただ無批判に甘いものばかり食べていたら体を壊すように、戦闘機や銃が、世の中を動かすという甘い夢にとらわれ周りが見えなくなっているうちに起こってしまうのが、戦争なのかもしれない。そういうものに惹かれるところが人にはあるのだ。それに気づいた瞬間、誰もがぞっとするのではないか。今日さんのイメージの世界は広く深い。怖くて、かわいくて、甘い。戦争の怖さって実はこういう怖さなんじゃないかと思わせる、唯一無二の戦争マンガだ(YT)】



安彦良和虹色のトロツキー』【寸評…昭和初期の満州が舞台。五族協和の理想の元、前途有望な青年ウムボルトをはじめとする人々が、時代に翻弄されていく姿を描く。著者の安彦良和さんは、歴史を通して私たちが本気で考えなければいけない問題を、いつも一足先に一生懸命考えてくださっているように思う。安彦作品は活劇的なおもしろさを十分持つ。だが、予定調和的なスカッとした物語にはならない。それは、実際の歴史というものがそうだからで、そこに大きな意味がある。だから、読者である私たちも、自分の頭で考え続けることの重要さに気づかされるのである。歴史家も驚くような指摘も盛り込まれたすごい作品(YT)】



こうの史代夕凪の街 桜の国』【寸評…原爆が、70年前、この国に落ちた。町が一瞬で破壊され、多くの人が亡くなった。この作品では、原爆被害の悲惨さを直接描くのではなく、時が何年も経って、その日を忘れたくても忘れられない人と、その家族の視点から見つめている。人として当たり前に生きる日常の静かな風景。そこには、笑いも、楽しみも、夢も、愛する気持ちもある。その静かな日常のなかに残る傷あと。家族との死別、後遺症、重たい記憶、生き残ってしまったことへの罪悪感、被爆者と家族への差別。原爆は怖し、悲惨だと表現するかわりに、その重たいかなしみと共に生きる一人ひとりの姿を描く。そうして、静かに、読者である私たちに訴えてかけてくれる。 うつくしく、かなしく、静かで、力強い作品。日本中の全国民に、そして世界中の人々に読んでほしいマンガだ


本山 勝寛(日本財団
Katsuhiro Motoyama


日本財団 東京大学工学部システム創成学科卒業、ハーバード教育大学院国際教育政策専攻修士課程修了。日本財団で広報グループ、国際協力グループを経てパラリンピックサポートセンター勤務。同財団で、新規事業「これも学習マンガだ!〜世界発見プロジェクト〜」を立ち上げる。著書に、『マンガで鍛える読書力』(サン マーク出版)、『頭が良くなる!マンガ勉強法』(ソフトバンク文庫)、『16 倍速勉強法』、『16 倍速仕事術』(以上、光文社)など】



水木しげる『総員 玉砕せよ』【寸評…自身の戦争体験に基づいた自伝的マンガ。何の報いもなく人が次々に死んでいく、こんなに救いのない戦場が描けるのは水木さんだからだろう。濃く細かく描かれた戦場の風景には生々しいリアリティがあり、読み進めるほどに辛く、ふつふつと怒りと悲しみがこみあげてくる。これが実際に起こったことなのだと思うと、絶対に戦争をしたくないという思いが一層強まるだろう。水木さん特有のユーモアのある人間くさい人物描写に、わずかに救われる。実体験に基づく説得力のあるこの作品を、若い世代に読み継いでほしいと切に願う(YT)】



手塚治虫アドルフに告ぐ』【寸評…主人公は第2次世界大戦時下に、神戸に住む2人のアドルフという名の少年たちです。ただし、2人はそれぞれゲルマン民族(当時のナチス)とユダヤ人。少年時代は親友であっても、それぞれが戦争の中でそれぞれの立場を貫き、強いられ、一人の女性に恋をしながら葛藤し、ヒトラーの秘密文書という謎を中心に、時代の奔流へ巻き込まれています。戦時下の日本やドイツの現実は、今では想像出来ない厳しさです。ナチスドイツの所業を、丸みを帯びてシンプルな手塚治虫タッチで追うと、その凄みはまた、別の見え方になってきます。アドルフヒトラーも加えた、3人のアドルフを取り巻く大河は、戦後にも別の形を見せ、ユダヤ対反ユダヤの一つの結末を見せますが、それはぜひ、本編を確かめてください


菊池 健(トキワ荘プロジェクトディレクター / 京都版トキワ荘事業ディレクター)
Takeshi Kikuchi


トキワ荘プロジェクトディレクター / 京都版トキワ荘事業ディレクター 1973年東京生まれ。専門商社、外資コンサル、板前、ITベンチャー等を経て、2010年 1月よりNEWVERY。2011年 4月より同理事。トキワ荘PJは東京と京都に 144部屋を漫画家志望者向けシェアハウスとして提供、メジャーデビューは満9年で50人を超えた。マンガ出張編集部@京まふや、デジタルコミック関連のイベントなど、イベントを主催する。ほかに、マンガ HONZ レビュワーなど】