中沢啓治『ゲキの河』で金次が語る大日本帝国の朝鮮植民地支配

中沢啓治/平和マンガシリーズ5/ゲキの河/下巻』汐文社,1986/04/25 46頁〜60頁[*1]


【初出誌】『ゲキの河』(秋田書店月刊少年チャンピオン』連載,1975 集英社月刊少年ジャンプ』連載開始 1976年11月)[*2][*3]



饅頭をくすねて大人たちから暴行される春男を助けたゲキが春男の家に行くと、因縁のある【スリの金次】の家だった


【46頁】
春男「にいちゃんおれの恩人に手をだすなっ」


金次「恩人?」「春男なんでそのハナタレがおまえの恩人なんだ」


春男「この兄ちゃんがこの兄ちゃんがおれを」


(キキイ[天井をネズミが走りまわる])


金次「なんなんだとおまえマンジュウを盗んで捕まり警察へ連れていかれるところをこいつに助けられた」


春男「おれはこのあんちゃんが好きなんだケガをさせるとおれは怒るぞ」「本当に怒るぞ」


【48頁】
金次「春男のバカタレ甘い情けをかけられたぐらいで日本人を信じるなっ」「おれたち朝鮮人をめちゃめちゃにした日本人は敵だっ憎めっ」「どけっ春男そのハナタレの腕を切り落としてやるんだ」


春男「いやだっ」「いやだいやだいやだ」「この兄ちゃんは敵じゃないわい」


ゲキ「日本人は敵……おかしなことを言うのう」「なんで日本人が敵なんじゃ」「なんで憎まないといけんのじゃ」


金次「バカタレ日本人がわしらの国朝鮮半島でなにをやっているか知っているのか」


ゲキ「し知らんわい」


金次「おまえら日本人が毎日食っているめしの中にはな」「朝鮮人のつらい悲しい血と涙と命が混ざっためしが入っているんだ」「おまえらそのめしを平気な顔で食ってぬくぬく生きているんだ」「おまえら日本人は朝鮮の国土と人間を盗みしゃぶり続けて生きているんだ」


【50頁】
「おおれは日本人が憎いおれたち朝鮮人を苦しめ痛め続ける日本人が…」


[日の丸を付けた銃剣の図]「日本軍国主義め朝鮮の国を侵略し先祖が必死で守り育てた土地を略奪し貧困のどん底に突き落としやがって…」


[日本刀を持ち【憲兵】の腕章をつけた後ろ姿]「ドレイのように安い賃金で朝鮮人をこき使い出来上がった莫大な作物や鉄や銅を貪り取って日本へ持って帰っていやがる」


[日の丸に火をつける義兵のシルエット]「あまりにも酷いやり方に反日義兵や人民が抵抗すると」


[後ろ手に縛られた女性の首を斬り落とす日本兵]「日本の軍隊や警察を送り込んで弾圧し拷問し」


[絞首刑で吊るされた四人のシルエット]「虐殺をくりかえし」


[火を噴き上げる民家と住人のシルエット]「部落や都市を手当たり次第に焼き払い」


【52頁】
「訓戒を与えると言って村の住民全てを教会の中に入れ」「火を付けて皆殺しにし」


「母親は赤ん坊だけでも助けたくて窓から投げ出したが」


[銃剣を突き刺された赤ん坊のシルエットと日本兵]「日本兵は銃剣で頭を突き刺し火の中へ投げ返したり」


[泣く幼い兄妹と遠くに日本兵のシルエット]「日本軍隊の三光政策として【奪い尽くし】【焼き尽くし】【殺し尽くす】ことが朝鮮で続いているんだ」


「………………」


ゲキ「し知らんかったそんなことが朝鮮で起きとるとは…」


金次「ケッそんなのはほんのごく一部だ」


[菊の紋章に膝まづく人々のシルエット]「日本の治安維持法をおれたち朝鮮人まで押し付け反抗すれば監獄へぶちこんで拷問し/名前まで日本名に変えさせられ日本の天皇をありがたがれと押し付け朝鮮の文化まで奪っているんだ」


【54頁】
「借金で苦しむ農民たちを騙して日本へ連れてきてタコ部屋に入れ監視付きで」


「死ぬまで炭鉱の坑道に入れて働かせたり」「線路工夫として牛や馬のようにこき使いバカにし差別をし」


「苦しくて逃げ出せば恐ろしいリンチが待っていて殺されたものもずいぶんいるんだ…」「わしらの親父も朝鮮を追われ日本へ新天地を求めて来たんだ」「だが工場の重労働に耐えられなくて病気になって死んでしまいやがった」


ゲキ「お母さんはどうしたんじゃ」


金次「……」


【56頁】
「おおふくろはわしの目の前で日本兵に強姦されもて遊ばれて殺されたんだ…反日の義兵を匿ったと勝手な理由をつけられてな」


「おまえら日本人は本当に酷い鬼のようなことをしているんだぞ」


ゲキ「……」


金次「日本に帰れば聖戦のため戦う正義の皇軍兵士だと勝手な綺麗事をぬかして…」


(「祝/大日本婦人会」の提灯を持つ割烹着の二人[*4])「そんな事実を知らん日本人は提灯行列をやって悦んでいやがる…一握りの権力者に踊らされてな…」


ゲキ「……」


金次「おれがスリをやって日本人から金を盗むくらい罪の内に入るか,弟のマンジュウドロなんて罪でないわい,日本人は朝鮮の国土全てを盗んでいるんだからな」「おれが日本人を憎み信じない気持ちが分かるか」


ゲキ「わ,分かるよ,おれたちが大人になったら,そんなことをさせないわい,させるもんか…」


【58頁】
「わしのお父ちゃんは朝鮮や中国で日本がやっていることに反対して」


「監獄にぶちこまれ毎日拷問されているんじゃ」「お父ちゃんの言うとることはやっぱり正しかったんじゃ」


金次「お,おまえの親父が監獄へ…」


ゲキ「う,うん」


金次「そ,そうか日本人の中にもそんな人間がいたのか」「お,おれは日本人は鬼みたいな奴等ばっかりだと思っていた…」「おまえの親父がな」


ゲキ「金次わしらが大きくなったら朝鮮に対して酷いことはさせんぞ」「そのためにわしゃ勉強して頑張るわい,信じてくれや」


金次「嘘じゃないな」


ゲキ「嘘じゃないわい」


【60頁】
金次「本当に嘘じゃないなっ」


ゲキ「嘘じゃないわいっ」


金次「ようし,わしはおまえを信じるぞ」



*1:原文の平仮名を漢字に変更した箇所多い

*2:新日本出版社『文化評論』での『はだしのゲン』連載再開は1977年7月号から,『ゲキの河』から『はだしのゲン』に流用されたコマもあるようだ…整理中

*3:『「はだしのゲン」を英語で読む』著作目録(見せ消し)→『はだしのゲン創作の真実』略年譜によれば1976年11月、『月刊少年ジャンプ』連載開始

*4:藤井忠俊『国防婦人会-日の丸と割烹着』岩波新書/黄色298,1985/04/19 p.203「6-6 婦人よ、家庭へ帰れ-大日本婦人会」参照,大日本婦人会は「上からの指導」により愛国婦人会と国防婦人会が統合…鈴木裕子編・解説『日本女性運動資料集成10/戦争』不二出版,1995/10/25参照