岡村幸宣『非核芸術案内』岩波ブックレットNO.887,2013/12/04


非核芸術案内――核はどう描かれてきたか (岩波ブックレット)

『原爆の子』に戻ろう。この手記集の序には江波中学の生徒・中沢啓治(1939-2012)の体験記の一部が紹介されている。被爆当時歳だった中沢は、小学校に登校した後で忘れ物をしたことを思いだし裏口で近所のおばあさんと立ち話をしているときに原爆に遭った。丸木位里らとも交流のあった父・姉弟を失った彼は、焼け野原となった広島をたくましく生き抜き、成長して漫画家となる。転機となったのは1966年の母の死だった。火葬した際に放射能のせいで遺骨がひとかけらも残らなかったことに怒り、初めて原爆を主題とした漫画『黒い雨』を描きあげた。さらに自伝的漫画『おれは見た』に感動した編集長に勧められ、年に始まった連載が『はだしのゲン』だった。忘れられようとしていた被爆の記憶を伝えるだけではなく、軍国主義植民地主義はの暴力性そして弱者を置き去りにして進む「復興」や「平和」への怒りをも突きつけるように描いた作品は、経済繁栄を謳歌する時代に異質な存在感を放った。独特の力強い描写は歴史の暗部をえぐり出すのにふさわしく、幅広い読者に強力な印象を残した。