安倍・橋下が固執する論点


である以上, 両者の主張は永遠に平行線だろう. がしかし, いま問題にすべきは, そうまでして「強制はなかった」と言い張ることにどれほどの意味があるのか,だ. 現在の国際常識では管理売春はすべて「性奴隷」である.「慰安婦は公娼だった」などと主張したところで何の足しにもならない. 戦前の日本の公娼制度は, 他国とは比較にならないほど「性奴隷」度が高かった. 日本の公娼制度の特徴は, 女性を「廓」に閉じ込め行動の自由を奪う点にあった. 多くは前借金に縛られ, 事実上, 廃業の自由はなかった. それを「必要悪」として日本の政府は容認していたのである


そのへんをやや違った角度から論じているのが, 倉橋正直『従軍慰安婦公娼制度』である. 日中戦争の当時中国の最前線には多数の日本人町があり内地と同じような売春が行われていたしかし太平洋戦争に突入する年頃から状況が変わる韓国人慰安婦の数が増え東南アジア戦線で慰安婦の「性奴隷化」が進んだのはこの頃からだった. 慰安婦には「売春婦型」と「性奴隷型」のふたつがあったという従来からの著者の主張は「強制はなかった派」と「あった派」の折衷案のようにも見える


だがその倉橋が同時に指摘するのは,そもそもの近代日本の公娼制度の特殊性である.【私はむしろ,公娼制度を日本の封建社会の在り方に規定された,日本社会に固有の売春の仕組みととらえる. 日本の封建社会の在り方が独特なものである以上,それに規定された公娼制度もやはり日本独特のものであった】


倉橋が指摘するのは,兵士の劣悪な待遇を前提にした民間業者と軍の馴れ合いである. 他国の軍隊では軍自体が提供する福利厚生を日本軍は駐屯地で民間の商人に担わせた. 軍の駐屯地は元来,民間人が勝手に商売できる場所ではないが,それができたのは【軍から正規に許可されたか,あるいは黙認されたからである】


秦郁彦ら「強制はなかった派」の主張を西野留美子は次の四つに分類する(『ここまでわかった日本軍「慰安婦」制度』)


【A】軍による強制連行を示す証拠はない


【B】強制したのは業者である


【C】被害者の証言を証明するものがない


【D】慰安婦は「性奴隷」ではなく「商行為」だった


橋下や安倍が主張するのもこの四点だが,ここに執着する限り,日本の信用は失墜するばかりだろう


……



秦郁彦慰安婦と戦場の性』新潮社,1999/06


慰安婦と戦場の性 (新潮選書)


自民党の政治家ら「なかつた派」が主張の根拠としている本. 二段組400頁を超える大著……

倉橋正直『従軍慰安婦公娼制度-従軍慰安婦問題再論』共栄書房,2010/08


従軍慰安婦と公娼制度―従軍慰安婦問題再論


…略…

日本の戦争責任資料センターアクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」『ここまでわかった!日本軍「慰安婦」制度』かもがわ出版, 2007/12/1 ISBN9784780301397(目次⇒id:dempax:20071210)


ここまでわかった!日本軍「慰安婦」制度


同名のシンポジウムを纏めた本. 「加害責任はどこまで明らかになっているか」(吉見義明),「『慰安婦』制度はどのように裁かれたのか」(林博史), 「被害者の証言は何を明らかにしているか」(西野留美子)の三本の報告を軸に「なかつた派」への反論を展開. 慰安所管理に関与した軍隊は日独だけなどの興味深い指摘も