「強制はなかった」の根拠

慰安婦」問題は,千田夏光従軍慰安婦』(1978年,三一新書)のころから論じられてはいたものの,これが社会的に大きな関心を集めた最初のピークは1992年だろう. 1月11日の朝日新聞が「慰安所 軍関与示す資料」という記事を1面で報じたのがきっかけだった. 訪韓を控えた当時の宮澤喜一首相は14日の記者会見で「軍の関与を認め,お詫びしたい」と述べ,国連人権委員会からの勧告などもあって,翌93年には,政府の公式見解として,軍による強制を認め,謝罪を表明した河野洋平官房長官の談話(いわゆる「河野談話」)が出された


二度目のピークは2007年,第一次安倍内閣のとき7月30日,米下院が日本政府に慰安婦問題に関する明確な謝罪と責任の表明を求める決議を採択したのがきっかけだった. 安倍首相は「軍が強制した証拠はない」と反発. 他の政治家や評論家らと連名でワシントン・ポスト紙に「慰安婦は公娼だ」などの意見広告を出す一方10月5日には「河野談話」に反する「強制連行の証拠はない」の見解を閣議決定した


以来,この案件は結論が出ないままくすぶり続けている. 軍による慰安婦の強制連行はあったのか. 慰安所は軍が設置したのか業者が勝手につくったのか. 慰安婦たちは平時の公娼と同じなのか, 過酷な性奴隷の状態にあったのか……


以上の経緯を踏まえて, まず秦郁彦慰安婦と戦場の性』を読んでみよう.「軍の強制はなかつた派」が主張の根拠にしている本である. 橋下発言に関しても「事実関係の大筋は正しい」と著者は述べていて(産経新聞2013/5/16),それだけでも印象はよろしくないが, とはいえ本書は,明治の公娼制度,慰安所の実態,諸外国の例,「河野談話」以降まで射程に入れた労作だ


「軍の強制」に関して, 著者が疑問を呈しているのは主に二点. 第一に元慰安婦として名乗り出た女性たちの証言,第二に『私の戦争犯罪朝鮮人強制連行』(三一書房,1983年)などの著書で自ら「済洲島で慰安婦狩りをやった」と告白した吉田清治の証言についてである


後者の証言については現在ではほぼ否定されている秦自らが吉田にインタビューをしまた済洲島に赴いて調査した結果吉田が書いているような「慰安婦狩り」を裏付ける事実は見つからなかったためである. 本人に悪意はなかったにせよ,朝日新聞はじめ多くのメディアが「かつがれた」のは確かなようだ


厄介なのは前者である【慰安婦事実だけでも, 立証困難な例が多いから, 彼女たちが数十年の歳月を経て記憶だけを頼りに語る「身の上話」は雲をつかむようなものばかりである】と著者はいい, 韓国, フィリピン,中国,インドネシア,オランダ,日本の元慰安婦たちから選んだ【サンプル的な「身の上話」】を検証する. さらに(ここが念の入ったところだが),それぞれの証言の裏を取るべく,彼女らがいた現場に近い元日本軍の将校や兵士を探しだし,両者の証言の食い違いを執拗に洗い出してみせるのだ. その手つきたるや,犯罪を追究する警察か検察の如し


そこまで調査した上で出た結論が【朝鮮半島においては日本の官憲による慰安婦の強制連行的調達はなかったと断言してよいと思う】. 韓国側が信用できるとお墨付きを出した19人の元慰安婦についてだけ見ても,「動員方法」は,軍人・軍属の暴力によるもの4件,就業詐欺が13件(民間6件,官2件,軍人・軍属5件),誘拐拉致が2件(民間1件,軍1人件),売買1件(民間). この中で「強制連行」に当たるのは,軍人・軍属による暴力4件と拉致勧誘2件の合計6件だが,いずれの証言も曖昧で【官憲の仕業とは思えないふしがある】. また【親族,友人,近所の人など目撃者や関係者の裏付け証言がまったく取れていない】のも疑問である


ここまで調べ尽くした情熱には頭が下がる. しかしはたして, たとえば就業詐欺(「日本に行けば金になる」などと誘う)は「強制」とは言わないのだろうか. 著者の思惑とは裏腹に, この本に書かれている事実関係だけをとっても, 慰安婦を集める手段は相当に悪辣で, とても「強制はなかった」「軍は関与していなかった」などと胸をはっていえる状況ではないのだ


実際, 2007年の米下院の決議を踏まえて出版された『ここまでわかった! 日本軍「慰安婦」制度』は, 秦がいうような狭義の強制(軍による組織的な強制連行)だけが「強制」ではなかったと主張する. 日本も加盟する当時の国際条約(「醜業を行わしむる為の婦女売買取締りに関する国際条約」)は, 未成年(満21歳未満)の連行と, 【詐欺・暴行・脅迫・権力濫用・その他一切の強制手段】による【勧誘・誘引・拐去】を禁じていた. これに反する以上, 就業詐欺とて「強制」に相当するのはいわずもがな. 「強制を示す資料はない」という意見に対しても「資料はある」として, 著者のひとりの吉見義明は米軍の公文書を上げ【日本の公文書がなければ(強制が)なかったといえるのでしょうか】と反駁する


「強制」の概念ひとつとっても, この食い違いぶり. 慰安所の設置や運営への軍の関与, 慰安婦の待遇などについても同様の食い違いが見られる. 居住外出拒否廃業の自由がなかった慰安婦制度は【性奴隷制度であるというほかありません】という吉見に対して秦はいう.【廃業の自由や外出の自由についていえば看護婦も一般兵士も同じように制限されていた】. 参照する資料や証言に大きな差はない. 要は「解釈」「見解」の違いなのである