映像ジャーナリスト 熊谷博子 心網付録/資料 2005/01/20 http://blog.melma.com/00126388/20050120010307 より転載

映像ジャーナリストでドキュメンタリーを作っている熊谷博子です.

神戸の震災10年にかかわっていたので, この文章を書くのが遅れてしまったのですが, 「女性国際戦犯法廷」について, 私が感じていることをきちんとお伝えしたいと思います.
 
女性国際戦犯法廷」が行われた2000年12月8日からの4日間, 私はこの民衆裁判のすべてを聞いていました. 雑誌「世界」に, つぶさに傍聴記を書くためでした.
 
これは2001年3月号に, 『抱きしめるほかなかった 女性国際戦犯法廷傍聴記』というタイトルで載り, 同じ号に, 高橋哲哉さん(東大教授, 問題のNHK番組のシリーズ全体のコメンテーターでもあった)とノーマ・フィールド(シカゴ大学教授)の対談「女性国際戦犯法廷が裁いたもの」, そして資料として, この“裁判”の「認定の概要」が載っています.

私自身の個人的な体験では, 彼女たちの発言を聞き続けることはつらいことした. 子どもの頃に受けた性暴力の記憶が蘇ってきましたし, まるで自分自身が強姦されているような気持ちに陥りました. この感覚はずっと続き, 傍聴記を書いている間も, 闇の中で誰かに襲われるような怖さで, 眠れなかったことを覚えています. しかし“慰安婦”であった女性たちの過酷で悲惨な体験とは比較になりません.

この“法廷”で大切なことは, “従軍慰安婦”と呼ばれた64人の女性たちが, 9つの地域から集まり, これまでの沈黙を破って命をかけて体験を話したことでした. こうした体験を話すのが, どれだけの痛みを心と身体に伴うものかは, よくお分かりいただけると思います.

そして何よりも大切なのは, “従軍慰安婦”が日本国家の組織的な犯罪であることが, 明らかになったことでした. 当時の海軍主計将校, 中曽根康弘の回想録にも, 「苦心して慰安所を作ってやった」とあります.

不思議なことに日本のマスコミは, この“法廷”のことを, 一部を除き, きちんと伝えようとしませんでした. まるで報じなかった日本の大メディアがある一方で, 海外からのメディアの多さが特徴的でした.

NHKだけではなく, すでにその時点から, 日本のマスコミ全体の空気として, こうした物事を正面から取り上げない, あるいは取り組めない, という悪しき風潮があった, と思います.

あの番組の企画は, もともとNHKエンタープライズ21のプロデューサーが出したものです. そして実質的な資材取材・制作を, 制作会社ドキュメンタリージャパンに依頼しました. 形の上では, NHK本体がエンタープライズに委託し, さらに制作会社に委託した, ということになっていますが.

ただ現実には途中からは, 編集も何もかもが, NHK本体の手に移り, 後の経緯は, すでに皆さんがご存知のことです.

にもかかわらず, “法廷”主催者のバウネット・ジャパンがNHK, エンタープライズ21, ドキュメンタリージャパン三者を訴えた裁判では, 制作会社のドキュメンタリージャパンにのみ損害賠償をさせる判決が出ており, 司法も含めてどこかが狂っています.

最後の3分で切られたのは, 中国と東チモールの被害女性の発言と, 加害者であった元日本軍兵士の発言, と報道されています. 私たちは短くなったものしか見られないので, 何が具体的にカットされたのかわからないのですが, 反省し, 実名で素顔をさらした加害兵士の発言は, 会場の皆の心をうつものでした.

何しろ当時, これについての詳細な報道があまりに少なく, バウネットの出している本やビデオ以外に長いものはあまりないのです. それぞれの被害女性たちや加害者が何を発言したのか, 各国の“検事団”が調査した結果などを知りたい方は, ぜひ, 私の傍聴記を読んで下さい.

また, スタジオでの発言を含め, 何が具体的に消されていったのかは以下に詳しいです.

「世界」2001年5月, 高橋哲哉さんの『何が直前に消されたのか〜NHK「問われる戦時性暴力」改変を考える』, 同7月, 米山リサさん(カリフォルニア大準教授, 同番組コメンテーター)の『メディアの公共性と表象の暴力 NHK「問われる戦時性暴力」改変をめぐって』.

かって“従軍慰安婦”と呼ばれた女性たちは, 日本という国家に, 組織的に犯されました. そして, その発言が政治的に, 意図的に政治家の圧力によってカットされたとしたら, メディアがそれを認め, 私たちがそれを許すとしたら, 彼女たちは日本という国に再び犯されたのと同じだと思います.

    熊谷博子

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転載者追記