昭和初期と似た思想風潮

東京新聞 2004/11/01 [21面] 特報11版
メディア新事情 週刊誌を読む 10.25〜31

昭和初期と似た思想風潮
本宮ひろ志さんの漫画休載
メディア批評誌『創』編集長 篠田博之

右翼団体街宣車が抗議に来たのは, 集英社にとって極めて異例だという. 思想的なテーマを扱う雑誌があまりないからだが, 十月初めに二度にわたってそれが行われた対象は, 漫画週刊誌『ヤングジャンプ』だった.

同誌に連載されていた本宮ひろ志さんの「国が燃える」の南京虐殺事件の描写が問題だとして様々な団体・個人が抗議を行った. 抗議の中心は冒頭に書いたようないわゆる右翼団体でなく, 歴史教科書や日の丸・君が代問題でこれまで発言してきた右派グループとでも言うべき人たちだった.

問題とされた同誌43号が発売された 9月22日直後からネットで「本宮ひろ志集英社に抗議を!」などという呼びかけがなされ, 集英社には連日何十本かの抗議電話がかかってきたという.

集英社はいくつかの抗議団体と話あいを行い, 結局一部の表現を削除, 修正することを決めたようだ. 11月中に『ヤングジャンプ』誌上でその経緯を読者に説明するという. 「国が燃える」は昭和初期から日本が戦争に突入していく時代を描いた歴史漫画で, 太平洋戦争勃発までを描いた第三部がちょうど終わったとして抗議騒動のさなかに同誌47号(11月4日号)掲載分を最後に「しばらく休載」となった.

作者の本宮さんは「俺の空」「サラリーマン金太郎」などのヒット作で知られる超ベテランの漫画家だ. 「国が燃える」は, 戦争とは何か, 日本人とは何かをテーマにした物語 (フィクション) である.

私も今回, 問題とされた部分だけでなく, 単行本になっている全七巻を買って読んだ. 骨太のすぐれた作品で, 全体のテーマと切り離して一部の表現に今回のような抗議を受けたことは残念というほかない.

南京虐殺事件をめぐっては長年にわたって論争が続いているし, 最近は南京への行軍中に旧日本兵が行ったとされた「百人斬り」をめぐって裁判も行われている. フィクションの中であっても描くには慎重さが要求されることが, 今回の事件で証明されたわけだ. こういうことが続くと萎縮効果をもたらし, この問題がタブーになっていく恐れもないではない.

本宮さんは単行本の解説の中で, 作品に描いた昭和初期と現在の日本がよく似ていると語っている. その作品がこういう事態にいたったのは何やら象徴的でもある.

事態はまだ進行中だ. 出版社側の対応も含めてきちんとした議論がなされることを望みたい.