編纂の主眼…史実に重点 価値判断は児童に

山形 先ず新しい歴史編纂の主眼点について


家永 特に編纂するに当つて留意したことは第一に飽くまで教育と学問とを一致させ学問的知識に教育の基礎を求めた. 従つて史実の検討,年代研究等には細心の注意を払い従来国史の主要部を占めていた神話,伝説のごときは一切はぶいた. その結果一番大きく変つたのは古代史の部分である


第二に従来の教科書は一つの思想を宣伝するといふ立場が濃厚で,例えば国体観念,国家思想を鼓吹する思惑の下に書かれてをり,従つて事実より価値判断に重点を置いていたが今度は飽く迄事実を公正に教へるように努力したさういふ意味から今度は出来る限り広い見地から史実をありのまま知らしめることによつて価値判断は児童が自ら見出せるやうにした


第三に従来は問題の取上げ方が非常に狭く,例えば政権の争奪などが問題の中心になつており,一般国民の生活の場面は余り取扱われていなかつたのを今度は出来る限り範囲を広くし,政治の面ばかりでなしに,宗教,学問,芸術の他,経済,産業の方面にも汎く亘るやうに心掛けた. 同じ趣旨から従来上流階級のいはば勢力者の活動が主題となつていたのをもつと低い一般人民の生活を重視するやうに努力した. 一例として聖徳太子の「敬問[?]」を「手紙」とすべきか否かについても大分考えたが児童に親しみ易くといふ見地から敢て「手紙」といふ言葉を用ひた