正力松太郎 講演録

1944/1/11 8:00 〜 警視庁第1会議室


米騒動や大震災の思い出



[読売新聞編集部? 前置き] 正力社長は都民決戦体制の指導取締の重責を担う警視庁及び各警察署の警部・警部補五百余名に対し約1時間15分にわたり左の講演を行い 一言一句熱気を帯びて多大の感銘を与えた



このたび総監閣下から何か皆さんに話をしてくれという御依頼がありましたので私は甚だ僭越ながら喜んで此処に参った次第であります


只今お話のありました如く 私は役人生活の大部分を警視庁で奉職しておりましたから此処へ来て皆さんにお目にかかる事は自分の郷里へ帰って昔の友達か後進の者に話をするような感じがするのであります 従って固苦しい話よりも昔の思い出話をした方が宜しいかと存じます


私は大正2年6月から大正13年1月まで11年間引続き警視庁におりました この間 警視庁として種々なる大問題に直面しました すなわち同盟罷業が頻々起り 大衆の力を頼んで政府を倒そうとする所謂倒閣運動も度々行われ また 共産党の検挙もこの時に始まり なおまた有名なる全国米騒動関東大震災も起ったのであります 当時 私どもの経験した事をお話するのは幾分か皆さんの御参考になると思います 殊に米英の大空襲が必至と見られる今日において 大震災当時のお話をするのは最も有意義かと思います 大空襲はかのドイツ・ハンブルグの実情を見ますれば関東の大震災に彷彿なるものがあります またその際人心の不安に乗じて万一如何なる騒動が起こらぬとも保証は出来ません いわば米騒動のようなこともあらかじめ考慮に入れておく事が必要かと思いまするから米騒動の時の話もしたいと思います 而して当時私は警視庁幹部の一人として直接指揮し自ら活動した事をお話するのは最も力強く印象を与えると思いますから 私の話を中心として申し上げます 従って私の記憶に万一間違いがあってはならぬと思うて あらかじめ当時の警視庁関係者についても問い質しました すなわち米騒動当時 兼任警視として警務課長であり大震災には警視として警務課長でありました小林光政君 米騒動当時浅草七軒町警察署長であり震災当時 司法大臣秘書官であった品川主計君 両人ともに警視庁官房主事になりました 及び現警視庁文書課長警視岸本太郎君 同君は米騒動の時以来引続き警視庁本庁に勤務しております