(2)中間者の意義


中間者とは常人と精神病者との中間に介在なすものを総称し其の種類甚だ多く亦其の鑑別も極めて困難にして臨床家も常に苦しむ所なり. 而も社会の一般犯罪とは極めて密接なる関係を有せり


今此處には特に犯罪者と関係深き種類のみ挙げたり[*1]


(A)病的虚言者


(B)先天性意思薄弱者


(C)病的興奮者


(D)病的好争者


(E)惇徳症


(F)先天性偏執病様性格者


(G)変態性性慾者


(H)常習性不良行為者


以上に於ては何れも一見常人の如く或は却って奸智にたけたる所あり. 然るに重要なる道徳観念の発達に乏しく或は全く欠き従って不正行為を改むる所なく単に人前にては悔悟を装ふに過きさるなり,されば誘惑あらば直に悪事をなし平然たり. 是等か夫々独立性に存在することは不可能にして実際は種々なる混合状態にあり


今簡単に各々につき説明せんに


(A)病的虚言者は文字の示す如く巧に虚言により人に取り入り詐欺行為を多くなす


(B)先天性意思薄弱者は仕事に倦き易く□々勤務先を変換し落かさるを特徴とする


(C)病的興奮者は易く些細事に怒り飲酒すれば暴行す


(D)病的好争者は些事にも文句をつけ争い飲酒すれば暴行す


(E)惇徳者は知識の発達は相当に良きも感情の発達宜しからす特に道徳観念なし. 依って知識を働かせ巧みなる犯罪を重ね止むところなき者にて(H)に一致すへきものなり


(F)先天性偏執病様性格者は自己の都合よき間は常人と異らされは人々の間に伍し得るも自己に不都合と感する地位に置かる々や著しく周囲を色眼鏡式に観察し所謂妄想的解釋を下しすべて己れに不利の如く仕向けらる々如くに考ふ,従って不平,不満を懐き憤りを感じ進んで人々の不法を詰まり人々の不正を摘発せんとし或は脅迫なすなり


飲酒により益々粗暴となり危険なる行為に出つることあり


此の性格者は平常あらはれさるにより軍隊内に於ては其の行為を病的と見做なさす更に叱責を加へ懲罰を加へんとするや益々病症を悪化し上官に抵抗し脅迫侮辱なす態度に出つるものなり,傷害を引き起せし例も少からす


(G)変態性性慾者の例は見る機会なかりしも今事変中に強姦事件甚だ多かりし所より或は少女を弄ひたる例等より推測すれは年長者の間にはありしものなるへし,今後の研究にゆづる


(H)常習性不良行為者は惇徳者も其の中に入るへきも必すしも奸智に猛け居るの要なく智力の発達もじゅう分ならすために悪しきことなりとの判別明らかならすして犯罪を重ぬる者も此の中に数へらる


惇徳者は時には自己の行為に対して反省の力なきに非さるも意思の力弱く罪を重ぬる者なり. 依つて両者には明かなる区別を置かさる場合もあり


次に其の一例を挙けん


現役兵は逃亡,横領,詐偽,服飾潜用の常習者にして多くの犯罪者中右に出つる者なしとして知られたり. 外観極る温順にして交際に巧なり彼の巧言には多数の人々か信用し金品を詐取せられたり. 敵前逃亡一回,病院より逃亡二回あり. 逃亡中は常に上海に在り詐取せる金銭を以て遊興に耽りたり. 其の件数実に15件に達し金額凡879円を示せり. 彼は更に偶然行き会える少尉の服装をなしつ々遊興し或は入院し来りくることさへあり. 憲兵隊に捕へらる々こと数回遂に精神的異常を疑はる々に至れり. 此如は明かに中間者にて各種の病症を兼ね備えたるも常習犯罪者に属し惇徳症の中に数えらる々ものと信す



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*1:原文の項番イ,ロ,ハ,…をA,B,C,…に改めた