第1節 併合前後の政情と鮮匪の發生

舊韓國時代は政治の紊亂其の極に達し殊に司法行政弛緩廢の結果草賊野盗の類随所に出沒し就中火賊と稱するもの公然銃器を携帯し數人之至數十人集團して韓國全土に横行し掠奪殺傷暴虐の限りを盡せるも爲政當局之を戮定するの能力なく只袖手傍觀せり又軍隊は兵員の多寡及武器の精否火賊に比し同日の論にあらさるも其の實質に至りては地方無頼の徒か衣食の爲兵営に投せるものにして何等の訓練なく其の能力火賊と大差を見す兵員の大部分は常に兵器を悪用し或は財貨を強請し或は婦女を姦する等醜陋言語に絶し寧ろ良民の蠧毒[*1]たりき翻て警察方面を見るに警吏は悉く權門暴吏の手足にして何等の節制なく利に走りて平然悪事を敢てし誅求羅柄の具に過きす文武大小の官吏亦誠意君國を思ふ者稀にして官職を以て一種の営業と心得あら爲に私腹を肥やすに是れ汲々とし唯其の榮達を求め誅求の勢力圏を擴大せんことに努力する者比々皆然らさるはなく殖産興業の途茲[ここ]に杜絶し文物日を趁ふて退廢し遂年衰亡の因を深くするの實況を示せり


政情斯の如きか故に此の間政治的不良分子の釀生せらるる亦自然の勢なりと謂はさるへからす斯くの如くして舊韓國の末期は半島實に賊徒乃至不良分子を以て充滿し全土到る處紛糾騒亂の巷たるの觀あり因りて韓國の外交權日本に移りて保護國となり主權に一大變革を見たる以来宮中を淵源とする排日陰謀は在野の識者及兩班儒生輩の煽動に依りて絶へす熾に畫策せられ各地に小擾亂は幾何もなくして我軍隊の爲鎮定せられ爾来庶政着々改善せらるるものありと雖尚ほ各地に不良分子の盲動を見たるや勿論なり


又弊政の結果政見を異にし容れられすして海外に亡命せる者亦其の數を知らす然るに韓皇は權謀術數を以て成功の秘訣なりと信し諸種の陰謀を講して日韓關係の破壊を企て曩に外交の一切を擧けて日本に委任せるに拘らす明治40年7月密に使臣を海牙に送りて日本の施政を誣ひ列國の同情を求めて其の覇絆を脱せんと欲し之を萬國平和會議に哀訴せんとして暴露し遂に韓皇の讓位及内閣の交迭となるや物情騒然、流言百出、政治上志を得さる者亦此の機に乗して熾に民心を煽動し遂に京城市街戰の流血を見たり而して同年7月24日更に新協約の調印を了し8月1日韓國軍隊の解散實施せらるるや鎮衛歩兵第一聯隊第一大隊長の自殺に誘起せられて暴動兵營に發し兵營受領の任務を有する我軍隊に反抗して小戰鬪を惹起したるも直に鎮定せられたり然るに本暴動の報は誇大に全土に誤傳せられ各地に遁竄せる解散軍隊大部の将士を主幹とし茲に京畿,江原,忠清,黄海,慶尚,全羅各道に暴徒の蜂起を見るに到れり今當時に於ける暴徒を其の起源に因りて類別すれは


(1) 軍隊解散に不満を抱きて反乱を起し又は解散後恩賜金を蕩盡して衣食に窮したる将校下士官を首領として之に附和雷同し其の配下に集まりしもの


(2) 地方名望家たる兩班儒生中頑冥不靈新政を懌[*2]はす徒黨を召集して蜂起せるもの


(3) 政治的野心に依り萬一を僥倖すへく他の擾亂に乗して事を爲すへく起れるもの


(4) 火賊中時勢を利用して所謂義兵を標榜し蜂起せるもの


以上暴徒の騒擾は表面上施政の缺陥と不平分子の盲動なるか如しと雖 該暴動の裏面には耶蘇教信徒の頗る有力なりしこと及該信徒の背後に彼等の不平と事大思想とを巧みに利用し甘言以て之を操縦し自家勢力の拡張を圖れる外國宣教師の存在したるは實に蔽ふへからさる事實なり


而して暴徒の類別前掲の如しと雖其の眞の目的に至りては名利何れかを得んとするに過きす又其の配下に集まれる者は何れも蒙昧無頼の徒にして衣食を得んか爲雷同せるもの又は脅迫に依り止むなく一時附和せるに過きすして眼中素より君國なし故に彼等は自ら義兵と稱し忠君愛國を標榜し國權恢復の美名の下に各地を横行するも僅かに一二回の小衝突に依り多少の損害を蒙るや忽ち戰意を消失して専念我軍の鋭鋒を避け集散常なく時に利なきを見れは良民に紛して踪跡を晦まし更に復起て賊となるか如き有様なりき

*1:蠧毒 とどく:虫が物を食害する転じて物事を内部から損ない破る 『岩波新漢語辞典(第3版)』p.1172

*2:懌 えき よろこ-ぶ