1984/05/20『赤旗』【4面/大衆運動】【無署名論文】2/

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⇒からのつづき


それにもかかわらず,いったんは77年の「合意」や「申し合わせ」に賛成し,統一実行委にも正式参加していた「原水禁」,総評指導部が,この公的な約束を反古にして,統一の事業のもっとも中心的な課題である国民的大統一組織の実現を妨害し,そして現在にいたるまで,原水禁運動の統一回復の道を閉ざしてきたのである. ここに,わが国の原水禁運動の分裂固定化の基本原因がある


このような歴史的経過にてらしてみればあきらかなように,77年いらいの原水爆禁止世界大会の統一的開催という事態は,真の統一の事業,すなわち原水禁運動の「国民的大統一組織の実現」という事業の達成という見地からみれば,まだ過渡的な措置にすぎない.「論文」ものべたように,けっしてこの状況に安住してはならないのである. 国民的大統一組織を実現するという77年「合意」の実現を妨げている分裂路線の推進者とその責任は,きびしく追求されつづけなければならない. また国民的組織統一実現の事業は,けっして手放したり棚上げされてはならない


この課題をめぐって,'いまさら77年「合意」を持ち出して論ずるのは観念論ではないか'といった考えが,原水協の一部にある. しかし,こうした考えは正しくない. 第一に,核軍拡競争がすすむ世界の情勢とそのもとでの日本をとりまく核戦争の危険,日米核軍事同盟の存在,そしてこれに反対し核兵器の全面禁止と非核三原則の完全実施をつよく求める日米国民の世論など,日本の原水禁運動をめぐる状況は,運動の分裂状態の克服国民的大統一組織の実現など「合意」の立場の実現をつよく求めており,誠実にこの事態にたちむかおうとするなら,その実現はほんらい社会発展の法則にそうものであり,それを妨害する分裂勢力を絶対視すべきものではない. ましてやこれを'観念論'などと非難すべきいわれはない


第二に,それなら,77年「合意」の核心である国民的大統一組織は,なぜ今日まで実現されなかったのだろうか. それはけっして核兵器をめぐる客観的情勢のせいではなかった. 原水協から分裂していった勢力も,いったんはこの方向に合意せざるをえなかったことでも,このことは明白である. 当時,この「合意」に賛同した当事者の一方である総評や「禁」のなかの分裂的潮流が,統一の条件がすすむにつれて分裂主義にしがみつき,それが総評や「禁」の主流を制して組織統一そのものを敵視し,その実現を阻んだ新たななりふりかまわぬ分裂策動のためにほかならず,それ以外の原因によるものではない. したがって,77年「合意」の実現を困難にしたのが,分裂主義の潮流であることは明白である. この事態について77年「合意」の貫徹を主張する統一勢力の立場を「観念論」呼ばわりするのは,事実上「合意」の実現に反対する「原水禁」などの主張の方を「現実的」とみなし,容認することを意味せざるをえない. こうした一部の議論は,まったく見当ちがいの謬論であり,原水禁運動の組織統一という国民的事業を放棄して,分裂路線に屈服する悪しき日和見主義そのものである


その意味で,国民的大組織統一の合意とその挫折の歴史的経過を解明することは,今日の情勢がますます切実に求めている原水禁運動の真の統一と発展をきりひらくための今日的出発点を,歴史の教訓に学んで正確に設定するために,ぜひとも必要なことである



原則を放棄した「共同行動」では統一の回復はできない


一部には,'過去は水に流して,原水協原水禁もふくめ共同行動をすすめてゆけばよい. それがやがては組織統一につうじる'といった意見もある. しかしこれも歴史的経験をふまえた今日的教訓とはあいいれない


1977年の「国民的大統一組織」合意のあと,「原水禁」の分裂的態度が組織統一の前途に新たな困難をつくりだした状況のもとで,まじめに統一をねがう人々の一部に,「合意」された新統一組織の実現をただちにめざすのではなく,「原水禁」との共同行動をつみかさねつつ組織統一への道を段階的にきりひらいていこうとする意見があらわれた. 一方,「原水禁」は,組織統一にあくまで反対する立場から,組織統一の対案としてつみかさね共同行動なるものを提案し,また'統一'をそうした共同行動に限ることを主張してきたのである. この「原水禁」の「共同行動」論の真のねらいと本質は,分裂の産物にほかならない「原水禁」に市民権をあたえ,その温存をはかることによって分裂を固定化させようとする分裂路線であり,しかもこの分裂路線に運動全体を従わせようとする主張にほかならなかった. そしてその後も「原水禁」,総評指導部はこの分裂固定化の路線を一貫しておしすすめているのである


その後,たしかに統一世界大会は毎年ひらかれてきたし,最近では3・1ビキニデーや国連軍縮週間も世界大会準備委員会の枠組みのなかで共同しておこなわれるようになっている. しかし,いったい原水禁運動の「国民的大統一組織の実現」という事業は果たして一歩でも前進したであろうか. 否である


それどころか,「原水禁」やその中心的組織である総評の指導部らは,「論文」でも指摘したように,「組織統一」による原水禁運動の真の統一回復の方向にたいして,'論理の相違を無視して諸組織を一つに統一するのは「天皇ファシズム」'などといった非難をあびせた. これが,77年「合意」の組織統一の立場と基本方向に反対し分裂を固定化させた勢力が,統一をもとめる勢力にふたたび追いつめられてこれを理由なく悪罵したものであり,かれらの'分裂の論理'をみずから暴露したものであることは,あきらかである


こうした歴史的経過にてらしてみるならば,まじめに統一をねがう勢力が,77年「合意」の国民的大統一組織実現という大目標を'水に流し'て,ただ「原水禁」との共同行動をおこなうということは,真の統一=国民的組織統一にむかっての一歩前進とはけっしてならないだけでなく,真の統一が回復されていない現状を無条件に肯定し,いわゆる'共同行動'を終着駅とする分裂状態の固定化,運動全体を「原水禁」,総評が許容する範囲内にとどめるという重大な誤りをおかすことになる



総評の準政党的体質と原水爆禁止運動



統一の本流の責務