I-3 救護及警備活動-2 縣の活動 1.混亂期(上) d. 保安取締及警備(273頁)

震災直後各市町村全部に亙り期せずして自衛が行はれ火災の豫防盗難警戒等の必要から消防組員・保安組合員・在郷軍人・青年團員等が協力しつつあつたが東京方面よりの避難民刻々増加し流言蜚語に惑はされて人心不安に驅られ 就中東京市と近接せる東葛飾郡・千葉郡,市方面に於けるものは極度に昂奮し その結果單に火災警防又は盗難豫防等の警戒に従事して居た自衛團體も俄に武器を執り暴徒の襲來に備ふるに至つた 依て縣は同月4日各警察署長に對し人心鎮撫のため左記通牒を發し尚各團體に對し警告を加へ次の警告文を掲示せしめて一般の輕擧妄動を警め 極力人心を平靜ならしむるに努めた

通牒

災害に伴う種々なる流言蜚語到る所に行はれ就中(…中略…)人心頗る高潮に達せるやの傾向有之候も此の方面に對しては軍隊の出動と相俟て萬遺なき手配有之候絛青年團・消防組其の他の團體に於て輕擧妄動無之様嚴重注意せらるへく此段及通牒候也 追て本件に關しては至急左記の通り掲示せらるべし

警告

本縣内に於て不穏なる行動を爲す者に對する警戒は軍隊と協力して充分行届き居り不逞なる者の立廻りなき筈に付徒に流言蜚語に惑はされす輕擧妄動なき様注意せられたし


9月4日


警察署


5日船橋無線電信所警備の爲霞ヶ浦航空隊より27名 歩兵學校教導聯隊より9名及陸戰隊50名到着して警備したが 尚5日及6日に亙り木更津・佐原・小見川の各警察官署に救護中の人々の引渡を警察署に迫る理解なき民衆の形勢穏かならざるものがあつたから 佐倉歩兵第57聯隊に交渉し便宜兵員の出動を乞うて鎮撫に努めた結果 6日夜來稍平穏に歸した


民心の不安に乗じ往々流言浮説をなすものあるを慮り 政府は7日勅令第403號を以て犯罪の煽動・流言浮説をなす者を厳罰に處することになつたが 當時混亂中にあつて如何に人心が安定を失つていたかは左の一事例に依つても推測するに難くない


9月4日午前8時に縣下の或る衛戍司令部から第1師團への報告の中に「……避難民に混入して侵入せるもの及海路浦安附近に上陸して侵入したる者多數ありて中には放火材料を携へ又短刀或は爆薬を有するものもあり 而して掠奪を受けたる家も死傷を蒙りたるものもありやに傳聞せられて人心は恟々[*1]として安からず」との意味が傳へられたが 直ちにその翌5日の午前2時に行徳在の斥候が此の眞相を調べて司令部へ報告した所に依ると「ΟΟ2,3百浦安に上陸中なりとの報は流言に過ぎぬ 実況は海岸に荷物船到着し荷揚中なるもの」であると判明している 荷物船の陸揚を襲撃と誤傳したなどは滑稽の間にも狼狽の民心がよく推知される 但し真相が判明して過誤に陷らずに濟み得たのは當局の苦心も察せられる





*1:恟々 きょうきょう びくびくする p.592