和田登(児童文学作家)


日本人は紋付袴などの紋様に見られるようにシンプルを好む民族だったはずである. それは江戸時代に自然に同化して引き算に引き算を重ねてきた謙虚さの表れと言ってもよい. 西洋はその逆で, 王家の紋章などには, 欲望のおもむくままに肥大化させてきた様子が見てとれる



総力戦に備え朝鮮人を動員


日本は西洋にならい, 近代からアジア太平洋戦争に至るまで思慮なく引き算よりも足し算に夢中になり, 無残な結果を招いた. その悲惨な巨大遺跡が松代大本営地下壕だ


現地から疎開させられたうえ, 働かされた住民多数. 他に6,7千人と言われる朝鮮の人々を動員して, 三つの山の地下を突貫工事でくりぬき, その総延長は13km余りにおよぶ. 天皇や軍司令部をはじめ中央省庁などをも疎開させ, ここをとりでとして総力戦に備えようとした悪夢の跡


問題になっているのはその一つ, 象山入り口に長野市が掲げてきた看板の説明である. 工事のもっとも苦しい部分を掘らされたのが朝鮮人労働者であった. 働いた住民及び朝鮮の人々が「強制的に」動員されたという部分をテープで覆い隠したことが問題視され市は再検討をせざるを得なくなった


隠した理由は「強制的に」を否定する投書やメールが複数あったことによるという. その根拠は自由に来て働いた朝鮮人もいて住民と交流の実態の報告もあったからとしている. だがそれはこの工事の狂気じみた本質からすれば特殊な例で典型ではない


工事主任の吉田栄一大尉が「労務者は機械だ」とまで放言した事実があるが, その言葉がすべてを言い当てているのだ



人権抹殺され機械あつかい


さらに言えば朝鮮人労働者の実数,多数あったはずの犠牲者の数,死亡診断書,火葬・埋葬許可書についてさえ不明な状態である. 朝鮮人労働者のここへの来方は, 強制連行組と自主渡航組と両方あるが, いったん班に組み込まれれば, 人権抹殺の状態であったことがうかがえる


よって「来方」の「自主」に執着し特殊な例にとらわれると誤る就職に来たようなゆるい労働の場であったと誤解を招き戦争を知らない世代に戦争がいかに過酷なものであったかを遠ざけてしまう恐れがある


最近は「はだしのゲン」問題をはじめとして, 恥ずかしい引き算ならぬ「隠し算」がやたらと話題になる. この頃の日本人は, 歴史を修正,歪曲して, 戦争までも心地よい物語に仕立て上げようとする傾向が強くなってきている. 恥ずかしい排除の引き算をして


敗戦時, 戦地の部隊が解散にあたり, 上官が取り繕って「本日より休暇」の宣言をして散った例があるが, 今を新たないくさが待つ本当の休暇の期間にしてはならない



【図…略】象山地下壕現状図 象山地下壕は総延長は5900m. 坑道は幅4m, 中央部の高さ2.7m



【写真…略】「強制的に」の4文字を白いテープで覆い隠した市設置の説明板(小林義和議員撮影)


松代象山地下壕[*1]


第二次世界大戦の末期, 軍部が本土決戦最後の拠点として, 極秘のうちに, 大本営, 政府各省等をこの地に移すという計画のもとに, 昭和19年11月11日午前11時着工翌20年8月15日の終戦の日まで, およそ9ヶ月の間に当時の金額で2億円の巨費と延べ300万人の住民及び朝鮮人の人々が労働者として□□□□動員され, 突貫工事をもって構築したもので全工程の75%が完成した

【出典】『しんぶん赤旗』2014/09/17(9面/学問文化)

*1:写真から案内板の文章をテキスト化. 原文は縦書き, 漢数字, …白いテープで覆い隠された4文字を□□□□で表記した