『夕刊讀賣新聞』1968/09/21 10-6 志賀直哉氏 談 人一倍強かった「愛」

健康状態の悪いことは知っていたが,がっかりした. 広津君は自分のためになることは,少しもしない人だった. 他人のためだけに没頭したその情熱は非常なものです. ぼくは松川事件の入り組んだ話を聞かされても,ぼくの頭ではさばき切れなかったが,広津君のいうことだからこそ信用していた. 裁判にさわるといけないと思ったんでしょう『面白いことをやっているだけだ』なんて,とぼけていたが,そこが偉いところだ


不自由なからだで裁判にでかけながら,自分では偉いことをしていると思われるのを極度にきらった. だから,何事も軽くいい流す,そんな人でした. ところが人を愛することは人一倍強く,この人柄にわたしは強く敬服していたのです. 早晩,どちらかが先だとは思っていたがさびしいことです