『週刊読書人』1967/11/13

【書評】家永三郎『一歴史学者の歩み - 教科書裁判に至るまで』


本書の題名は,ひどく地味につけられているが,その内容全体は,著者半生の自伝的思想史であって,大正年代の風物も面白く取り入れられ,自己の弱点をさらけ出した著者の精神の発達史というべきだろう


著者は戦後の日本の思想界,評論界に,多年蓄積された法律上の知識を駆使して活発に発言され,人権のために闘う人士に有益な助言と激励を与えたことは,人の知るところであり,わたくし自身も,その恩恵をうけた一人であることを告白する. それと同時に矢継ぎ早に思想史上の大労作(例えば『日本歴史の諸相』『日本道徳思想史』『数奇なる思想家の生涯--田岡嶺雲の人と思想』『裁判批判』『植木枝盛研究』『司法権独立の歴史的考察』『美濃部達吉の思想的研究』等)を出版されたことは,生来の虚弱な体質と,現在でも慢性胃腸病のため45キロに足りない体重の由を想う時,その精神力の強さに驚かざるを得ない. これらの著作物は新憲法を土着化させる上に,大きな力となったと思う


しかし,それら全部にもましてすばらしい働きを演じつつあるのが,本書の副題ともなっている「教科書問題」の訴訟事件である. これは近世史,法律思想史,現行法等に明るい著者のみが為し得る人権史上の大裁判である


事の起りは