目的地の東京めざして 街々にわく拍手と歓呼

目的地の東京めざして 街々にわく拍手と歓呼

20日午前10時 広島市の原爆慰霊碑前を出発した平和行進は広島駅前で大部分の人たちとわかれ また市のはずれでは 夫人のみつ子さんに手押し車を押されて参加した溝口年男さん(脱そ で右足をなくした平和運動家)とも別れを告げた「どうしても東京まで」と決意を固めていた溝口さんも原水協役員らの説得でついに断念して手をふって一行を見送った 途中東洋工業の労働者の歓迎を受けた一行は昼食時を利用して同労組幹部と懇談 ここで被爆者代表とも別れ第1日目の目的地呉市までの30キロをめざして行進する7名だけとなった 7名の顔ぶれは東京まで歩き続ける西本あつし(日本山妙法寺) 倉知和明(国鉄横浜支部)両氏のほかに広島原水協理事長 森滝市郎(51) 被爆者 池田情子(25) 同川本一郎(29) 広島県労会議の細藤賢壮(33) 広島水道局の滝本時雄(37)の各氏


一行は瀬戸内の海を一方にみながら元気よく行進 道みち原水爆禁止運動の経験や13年前の広島の惨状を語りあった


家の中から飛び出して「万才」をするお爺さん 列車・自動車のなかから手をふって激励する人たち 車を引きながら手をふる日雇い労働者もいる 安芸郡坂町小屋浦からは広島県教組呉支部の胡谷氏が「核武装反対」のプラカードをかかげて参加 呉市の郊外 天応からは呉市平和委員会の自転車隊4人が 市内に入ってからは国鉄労働者10人が一行に加わった 先頭には「核武装阻止と民主主義擁護のために」と横腹に大書きした原水爆禁止呉推進連盟の宣伝カーが行進の意義を市民に訴えながらすすんでゆく


店先に出た市民は「がんばれ」と一行を声援 行進に参加する市民の数はどんどん増えてゆく 呉駅前では国鉄労働者が拍手で迎えてくれる 平和行進は午後7時過ぎ呉市役所に到着 松本市長の出迎えを受け1日目の日程を終った【「アカハタ」日刊 第2617号(1958/6/23) 3面】