【海賊版】近代工業の光と影


東京新聞,2014/05/01(23面)[本音のコラム]竹田茂夫「近代工業の光と影」


富岡製糸場世界遺産に選ばれるという. だが和食,富士山,そして富岡といわんばかりの受け止め方には違和感がある. 富岡製糸場は明治初期に先進技術導入を図った国家事業であり,その優れた労働環境は例外的なものだった


19世紀が終わるころには,細井和喜蔵の渾身の『女工哀史』や山本茂美の『ああ野麦峠』に描かれた,繊維産業の過酷な工場労働が広がりつつあった. 富岡が民営化され労働が厳しくなるのもそのころだ. 殖産興業の栄光の産業史は前近代的な労働条件に耐えた民衆の生活史から切り離せない


20世紀初頭に温情主義経営の鐘紡や倉紡が労働者の待遇改善に乗り出したのは,そのような背景があったからだ. 同時期,米国の工場でも親方が日雇い移民労働者を罵声と暴力で駆り立てたが,見かねた社会事業家や慈善家の努力でようやく1920年代に一部の大企業で米国流の福祉資本主義が生まれた(ジャコービィ『会社荘園制』)


過酷な工場労働は昔の話ではない. 一年前,バングラデシュで安全基準を無視した工場ビルが倒壊し,千人以上の労働者が犠牲になった. 多くは若い女性だ. 先進国のファッションは途上国に産業と雇用を提供するが,国際的監視と実効ある労働規制がなければ構造的暴力をかれらに振るうことになる