朝日新聞2004/11/12[37面]第3社会13版

メディア/ページ削除乏しい論争

日中戦争での南京虐殺を描いた集英社週刊ヤングジャンプの漫画「国が燃える」に対し,「虐殺を事実として描いている」などと抗議が相次ぎ,休載した問題で,同誌は11日発売号で釈明記事を掲載し,計21ページにわたって削除・修正することを表明した. この結果,単行本として発行される時には南京虐殺の場面はほとんど消えることになる.


南京虐殺巡り休載の漫画

昭和初期を舞台にした「国が燃える」は本宮ひろ志氏(57)の作. 02年から連載が始まり,今年9月16日と22日の発売号で計27ページにわたり,南京虐殺を描いた.

削除されることになったのは計10ページ

(1) 日本兵が中国兵を並ばせ,2人の少尉が刀で切る

(2) 中国兵や民間人に向かい,日本兵が一斉に銃撃を浴びせる

(3) 後ろ手に縛った捕虜の頭を日本兵が押さえて銃剣を突きつける

などの場面だ. 修正されることになった計11ページは

「南京では,人類が絶対に忘れてはならない日本軍による愚行があった. いわゆる"南京虐殺事件"である」の説明文が書かれたぺーじなどだ.

削除・修正の理由について集英社は釈明記事で

過剰な虐殺のイメージを想起させる

(使用した写真資料が)真偽について明確な結論が出たものとはいえない

などと説明した.


抗議370件,議員の来訪も, 集英社「過剰な虐殺想起」

同社広報室は,作者の本宮氏との共同見解として,

本社は南京虐殺を歴史的事実と考えており,削除・修正後もストーリーからなくすわけではない. 残虐さを強調する場面はなくすが,登場人物のせりふなどで補う

と話している.

集英社によると,発売後,電話やファクス,電子メールで抗議が相次ぎ,10月1日までに計370件にのぼった. インターネットにも批判が書き込まれた.

東京都大田区議の犬伏秀一氏(47)ら地方議員のグループは10月5日,集英社を訪れ,

南京虐殺』はないという強力な証拠があるのに,真実として漫画化している

将兵,遺族や日本国,国民の誇りを傷つけた行為は漫画でも許されない

などと抗議した.

同行した「誇りある日本をつくる会」の田形竹尾会長(88)は南京陥落当時,戦闘機のパイロットだった. 陥落3週間後,南京に入ったという.

死体は一体もなかった. 中国人も私たちを見て, 逃げ出すどころか花見に誘ってくれた. 虐殺はなかったと言い切れる

外務省中国課は,南京虐殺について,

非戦闘員の殺害・略奪行為などがあったことは否定できないというのが日本政府の見解

としている.

被害者や遺族が日本政府に損害賠償を求めた訴訟でも,東京地裁は'99年の判決で

規模などは確定できないが南京虐殺がなかったこのように言うのは正当でない

とした.

歴史の教科書にも「南京事件」などとして取り上げられている.


「過剰反応だ」「表現狭める」

集英社の対応について,一橋大学大学院の吉田裕教授(日本近現代史)は

過剰反応だ. 陥落後に捕虜や中国兵とみなした人々を集団処刑したのは事実. 『過剰な虐殺のイメージを想起させる』とは思えない

表現の自由」の問題に詳しい飯田正剛弁護士は語る.

漫画という表現手段で戦争をどこまで描けるのか,出版社と作者には出版文化の担い手として論争してほしかった. 南京虐殺という歴史的事実に関して,どこまでが事実でどこからがはっきりしないのかを明確に示すべきだ. 一般的に『抗議されたら削除すればいい』という安易な流れができると,表現の幅を狭めることになりかねない


キーワード 南京虐殺 [snip]

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出典: 朝日新聞 2004/11/12 [37面]第3社会 13版