戰場心理の研究 総論 緒言 1938/5月


吾人は戰場に馳駆する将兵の心境を観察すると到底常織[ママ]を以ては解釋に苦しむ事が少なくない. 依つて戰場にある者は尋常内地では窺ひ得ない心理状態にあるものだろうとは何人も考へる所である是を闡明するために醫學者も哲学者も論説家も爭つて研究をし色々の意見を発表して居る然し其の状態は何れ戦役に於ても常に同一の形で表はれるものでないから研究の成績も戦役毎に新たにする必要があり文化の進歩と共に戰ふ者の考へ方も甚しく変り加え兵器の進歩の著しきことから日清戦役当時の戦場心理と今事変に於ける戦場心理との間には格段の差違が存在する 此處に該研究の重要性があり亦興味深き所以である. 余先に「戦場神経症と犯罪に就て」を発表したが更に此處に戦場心理に就て別途の観察を下して見たいと思ふ. 是が為には軍当局の少からざる後援を忝ふし各方面との連絡の便を得生きた材料を収集するの便宜を与へられ是に基いて研究を行つたものである. 幸に是か何等かの御役に立つことを得は甚だ幸である.


昭和十三年五月


於上海第一兵站病院

予備陸軍軍醫中尉

金澤醫科大學教授


早尾乕雄




⇒「戰場心理の研究/総論/第八章/戦争と性慾」id:dempax:19380531