千葉縣護國神社 2018年1月 戦没者の言葉

思ひ出

陸軍曹長 川本重俊命


昭和20年3月8日 ビルマ チャウピュー県カンゴー付近にて戦死 兵庫県武庫郡御影町出身 28歳


御無沙汰致しました 相変はらず御両親始め皆元気の事と思つていますが 随分寒さもきつい事でせう 俊征も寒さに負けず大きくなつていますか


こちらは相変わらずの暑さで 皆は特にむしむししていて 一日中汗が滲んで毎日洗濯と水浴に追はれている様です


こちらで正月元旦に写した写真が出来上がつたので送りますが この葉書よりは大分遅れることでせう 一枚は松の代はりに椰子の葉で飾つた門松を背景に日章旗を中に立てて隊長殿 森川大尉殿を中心にして 別の一枚は裸で餅つきの風景を撮ったのですが残念ながら 臼が下にきれて見えなくなりました 後ろに写つているマンゴの樹が今を盛りと香を放つています 来月あたりには実が熟して来て兵隊を喜ばせる事でせう


(…中略…)


俊征も近く満一年 可愛い姿を偲んでいます 昨年の今日の寒さを思うにつけても皆さんの健康を案じています 呉々も御自愛 俊征の養育にも充分注意して間違ひの無い様


三月七日 思ひ出の日



川本重俊「命御言葉」を読む

(1) 「としまさ」を漢字変換すると「俊正」「敏正」「年増さ」「俊政」「利正」「俊昌」「利政」「利昌」「敏雅」…と変換され「征服」「征夷大将軍」の「征」は出て来ない 平和な時代である


(2) 「思ひ出」の標題 本文末尾「思ひ出の日」…門松を指すのか?餅つきを指すのか?郷里の家族を指すのか?


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