2017-08-01から1ヶ月間の記事一覧

宮武外骨「流言浮説に就いて」

『震災畫報【第六冊】』 大正十三年二月 流言浮説に就いて 流言浮説の本家本元であつたらしい其筋から 9月6日 関東戒厳司令部の命として左の如き印刷物を廻付した 流言蜚語に迷はさるる勿れ 何事にも驚いたり騒いたりしないて冷静によく真相を確めて事を処す…

■ 著者外骨の一身

大震当日の午前 編輯部の楼上へ印刷所の主人を呼寄せて 中田博士の著書『文学と私法』の挿画の印刷が悪いにつき改刷せよと厳談中 ミリミリと来て 隣の間にあった6尺の洋装本棚が襖2枚とともに倒れたのにびっくりして屋外へ逃出し その後余震が頻来するので近…

■ 吉原遊郭

日本橋の宜(ねぎ)町にあった吉原遊郭は明暦2年江戸大火の後 浅草田■に移転したのであるが 近年市区の発展で吉原附近が■■の町屋となつたので今回の全焼を機として早くも風紀上の転地説が行われている されど罹災の楼主連はそれに頓着せず 復活の応急策として…

■ 発売頒布を禁止された新聞

去る4日以来 治安妨害または風俗壊乱として頒布を禁止された新聞は4日のいばらき新聞と北陸タイムスをはじめとして 5日の濃尾日報,都新聞,報知新聞,岐阜日日新聞 6日の東京朝日新聞,新愛知 7日後には東京日日新聞,やまと新聞,神戸又新日報,鷺城新聞,大阪毎日…

■ 珍妙の馬車

…略…

■ 焼け残った東京の新聞社

報知新聞・東京日日新聞・都新聞の三社が焼け残ったのみで東京朝日新聞・国民新聞・讀賣新聞・時事新報・万朝報・中央新聞・東京毎夕新聞・やまと新聞・中外商業新報等は烏有に帰したのであるが 焼け残った社であつても活字のケースが悉く転覆したので 植字…

■ 變装した爆裂彈所持者

牛込の某町で飯櫃を持ち野菜を持って歩く夫婦者を憲兵が怪いと見て捕へると 社會主義の夫婦者で飯櫃には爆彈を入れ 野菜の中にはピストルがあったという浮説 又本所で妊娠中らしい朝鮮女を捕へて見ると 腹部に爆彈を隠していたという流言も行はれた (ちくま…

■ 監獄の囚徒を解放した

市ヶ谷監獄や巣鴨監獄で囚徒を悉く解放したから強盗窃盗の注意が肝要だとの浮説が一時盛んに行われた またそれを打消しの解放じゃない脱監じゃ 数百名の囚徒が看守を斬殺して脱出したという流言も各所に伝わっていた

■ 浅草觀音が焼け残った理由

本所の国技館が焼け残り神田佐久間町邊が焼け残り本郷でたつた一軒の大島とかいう店が焼け残ったなどの理由は 誰もこれを不可思議的に解釈する者もないが 四圍に空地と樹木の多い浅草寺の焼け残った事に就いては 愚夫愚婦どもが例の迷信でその妙智力によるも…

■ 暴利商人の首を■はねてさらす

新宿邊の米屋某は白米1升を1円に売っていたが それを罹災者の群集が押寄せてこの奸商に天誅を加うべしといきなり首をはね その首を竿に刺して公衆に示し売残りの白米を一同が没収したという嘘が各所に傳わった

■ 上野公園内の■死者千人

親に死なれ子に死なれ 可愛い妻に死なれ 頼る夫に死なれた者などが この世を悲観して首をつって死んだ それが上野公園の樹々に鈴なりになっていたという嘘が麹町麻布渋谷邊で盛んに伝■搬されたそうであるがその実■死者はただの一人であつた

■ 井戸に毒薬を投げ入る

朝鮮人が井に毒薬を投げ込むという嘘も盛んに行はれ 市内各所へ注意すべしと貼紙した者もあり 浅草寺境内の井へすこぶる美貌の朝鮮女が毒を投げ入れようとして捕はれたなどの嘘もあつた

■ 国民新聞社長は海嘯[かいしょう=津波]で死んだ

松方老公は鎌倉の別荘で圧死した 安田善次郎は横網の宅で焼死したといふうそも弘く傳はつたが国民社長の徳富猪一郎が相州で津浪にさらはれて死んだといふうそも可なりせん宣伝されて居た

■ 7時間後の大揺り返し

安政2年10月2日江戸に大地震のあつた四五日後 人心尚ほ恐慌せるに乗じて「今夜大津波が来る,高臺へ避難せねばならぬ」と觸れ歩いた者があつたので全家挙げて上野山内や湯島辺へ上がつて夜明しをしたのもあつたが さて何の事なく翌朝帰宅して見ると 目ぼしい…

■ 國攝政殿下の御避難

畏れ多いうそを傳へた者があつた 青山御所は全滅だとか宮城の二重橋が傾いたなどさも見て来たように言囃して居たが最も甚だしい空事なのは攝政宮殿下が飛行機にお召しになつて京都へ御避難遊ばされたと云ふ事であつた

■ 何でも賣切申候

大震の翌日頃から数日間 焼残り市街の諸種販賣店では 大概「賣切」の札を出してあつた 其中で最も早かつたのは米屋と菓子店・八百屋等であつて1日の夕方には戸を閉めて表に「白米賣切申候」とか「菓子は一つもありません」とか「悉皆賣切」とかいう貼紙をし…

■ 横濱市内に新温泉涌出

去る11日頃 横濱市南太田町に新温泉が涌出した 冷水を入れた鐡瓶を浸すとすぐに沸いて熱湯に成るなど大騒ぎをしていたが 翌日藤原理學博士が實地を踏査した報告によると「直径1尺の穴2つが出来 其上部の方からは盛んに青色の煙を吐き 下方の穴は一見温泉の如…

■ 放火目的の投彈

火災中に頻々と聞こえた大爆音は薬店や諸學校の薬品が爆發したのであるのに 不良漢が放火目的での投彈だと誤認した者が多かつた

■ 秩父連山の噴火

去る3日發行の「大阪毎日新聞」に「長野来電」として「秩父連山大爆發 噴煙天に冲す」と初號大活字の標題で 秩父連山は卅日噴火を始め一日正午に至り俄然噴煙天に冲して大爆發をしたものらしくこれを高崎方面で眺むれば寧ろ壮観で 今回の大地震は秩父連山の…

■ 震源番は江戸川筋

今回の地震につき當日午後 帝大の今村博士は伊豆大島邉が震源地であると發表して的中したが當日中央氣象臺の中村博士は江戸川筋が震源地であると發表した 江戸川とは利根川の支流で關宿から行徳までを云ふのである 此邉にも震源はあるのであるが 斯く誤認し…

宮武外骨 軽信誤認録/流言浮説集

震災畫報【第一冊】 大正12年(1923年)9月25日発行 14頁(ちくま学芸文庫 p.30) ●軽信誤認録(甲) 學者とか識者とかいはれる人々でも あわてると謬見誤認を免れない まして凡夫俗人においてをやである

■ 軍艦で60萬石の米

食糧問題で暴動が起りはすまひかと識者連が心配して居た9月2日 政府は関西の在米60萬石を軍艦に積んで昨日神戸から出發せしめた といふ事を傳へた者があり 四辻にその貼紙が出 新聞の號外などにも同じ報道が出た 然るにこれは全くの嘘であつたが今回の流言中…

■ 大道で賣る毒菓子

菓子類が一時払い底で俄出来の菓子賣が大道でボッタラ焼などを盛んに賣つて居た それを中傷する者もあつた[挿画…電信柱に貼られた警告「注意 大道で賣る菓子は毒入りですから買つてはいけません」]

■ 動物園の猛獣 射殺

上野公園内の帝室博物館も帝國圖書館も皆焼けた 動物園の猛獸類は解放すると危険だから悉く射殺してしまつたといふ流言が山の手方面で行はれた 又日比谷公園内に居た鳥獸魚類は避難者が空腹のため悉く捕へて食つてしまつたと云ふ虚説も盛んに行はれた

■ 手を斬落された自動車運轉手

赤坂見附を自動車で通る者を青年團員が捕へて調べると朝鮮人であつたので直ぐに斬り殺し 一方運轉手に何故鮮人を乗せたかと糾問すると 麻布から新宿まで百圓の賃料を拂ふといふから鮮人と知りながら乗せたとの答へ それぢや今後運轉手に成れない様にしてやる…

■ 大本教信者の爆彈襲来

九月五日の午後七時頃栃木縣生れの人見信一といふ者が青山通りで「只今牛込神楽坂方面で大本教信者数十名が各々爆彈を携へ數臺の自動車に分乗して襲撃に出かけた 各自嚴重に警戒せられよ」と叫び廻ったので警官に捕へられたと東日紙にあつた

■ 山本首相は暗殺された 何者が作った事か新内閣組織の親任式があつた當日 山本首相は暗殺された 兇漢は憲政會の壮士らしい と 眞實らしく吹聴した者があつた 通信途絶の際とて問合せをする便りもなく茨城県水戸の新聞などは大活字使用の號外を發行し翌日の紙上にも亦其虚傳を仰々しく掲出したと云ふ

■ 吉原で娼妓が千人死んだ

吉原遊郭が全焼で廓内の公園に避難した娼妓が千人以上焼け死んだ 池へ飛び込んで死んだ者も多いなど傳へられたのと 又實地を見て来た者の報告によるなどで 本書の著者もそれを軽信して前回の誌上に「罹災前吉原全体の娼妓は名弱 内千名以上は焼死し」と記し…

■ 朝鮮人は悉く暴徒

朝鮮人が500名東京へ入り込んで来て焼残りの町家を悉く焼払うと云ふから 朝鮮人と見れば片端から殺してよいなど云ふ不穏な説が弘く行はれたが これは他の地方で遂はれた鮮人が逃げて来た迄の事で鮮人の中には悪い事をしたのもあつたが鮮人悉くが暴徒ではない…

■ 良家處女の賣淫

立派な家の娘が家は焼け親兄弟には死なれ頼る所もなく其日の生活に窮して辻淫賣に出て居るのが少なくない 浅草寺内や澁谷邊にはそれが最も多く出没して服装や容姿も見にくからず中には袴を着けて居るのもあると其噂が一時宣傳されたがこれは事実では無かった…